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■楽天家・平山ヒラメ 執筆:菊地馨
★ヒラメはドンくさいのか?
「チエちゃんの同級生で仲のいい友だち。内気であまり勉強はできないが相撲は強い。どちらかというとちょっとどんくさい感じ」
 『ジュニア版じゃりン子チエ』による、ヒラメの紹介である。
 地区対抗の相撲大会では男子相手に都合17人抜きをして、西萩地区を優勝に導く大活躍をしている。そのようなヒラメをテツは、ときどき「コッテ牛」(強くて大きいメス牛)と呼ぶことがある。(3巻9話、15巻5話)
 その相撲も「ウチの将来がかかってるねん。今日の相撲で恥かいたらウチ死ぬまでドンくさいゆわれるねん」という意気込みで参加したものだ。チエはそんなヒラメちゃんを、「知らんかった。ええ根性してるわ」と評している。(3巻8話)
 ヒラメが自分でも認めているとおり、学校の体育の授業ではサッパリである。跳び箱の着地に失敗したり、ソフトボール投げでは、たった80センチの記録だったし、マット運動での前転でも方向が定まらなかったり…とにかくドンくさいのである。(5巻1話、6巻12話、14巻5話) しかし、マサルもタイプとしては、よく似ている。ソフトボール投げでは12メートルの記録を出すが、たった1球を投げただけで肩が痛むのである。それに跳び箱でも跳ぶ前に、跳び箱に激突するなど、むしろヒラメよりもドンくさいと言える。
 彼女のウイークポイントはまだある。自転車に乗れない。ソロバンが苦手などである。(5巻3話、4巻9話) 自転車に乗れないというのは最近では珍しいが、チエやマサルが自分で自転車を漕いだシーンは全くないうえに「自転車に乗れる」と言ったこともないので、ヒラメだけを取り上げてドンくさいと指摘するのは問題がある。また、あえてソロバンを「ドンくさい」の引き合いに出したのは、テツに「ドンくさい」と言われたからである。コンピューター全盛の現代において、ソロバンを使いこなせる人は、そう多くはいないはずだ。マサルも使えない。ソロバン3級の資格を持つテツの論理だと、ソロバンを使えない人はすべて「ドンくさい」のである。
「ドンくさい」は人を卑下したときに相手に浴びせる蔑称であるが、言う人によって、場合によって、誰もがドンくさい人間になってしまうのだ。ただ、ヒラメには、その要素が同世代の子供と比べて、少し多いだけなのだ。これを人は「愛嬌」ともいう。
 かといってヒラメは自分の「ドンくさい」を、このままでいいとは考えていない。持ち前のガッツで「ドンくさい」を克服した種目もある。水泳である。チエのコーチでカナヅチを克服した。その直後、大人のテツからコーチを頼まれたこともあった。(7巻8話) 水泳での「ドンくさい」を克服したおかげで、水泳はヒラメが唯一テツに勝てるスポーツにもなった。
 もうひとつは体力測定。チエの運動神経の発達は、毎日の下駄履き生活から生まれるものだと研究したヒラメも下駄履きでトレーニングを積み、本番の体力測定で、去年の結果を大きく上回る結果を出した。(32巻3話、8話、9話)
 ドンくさいと言われる割りには、持ち前の持久力はチエをも凌ぐ。体力測定の懸垂ではクラスメートの男子からも「も…ものすごいなあヒラメ」「世界新記録やど」と称えられた。(32巻9話)
★勉強家のヒラメ
 マサルはヒラメを「楽天家」と言っている。(23巻7話)
 このとき、ヒラメは「なにが楽天家や」と反論しているが、ヒラメ自身の次の発言は、楽天家以外の何者でもないだろう。
「やっぱり晴れはうれしいなぁ。なんか太陽見たら笑てしまうもんな」(47巻4話)
 それにヒラメはショックなことがあった日は、寝ることによって、そのことを忘れると言う。ソロバンのことでテツにドンくさいと言われた日の晩、勉強机の前に「ソロバンの練習をすること」という貼り紙をするが、結局は練習せずに眠ってしまった。(11巻2話、4巻9話)
 また、音痴に悩んでいたヒラメは、テツの「人の歌うたうから較べられるんや」と、テツとオリジナル曲を作詞作曲した。いままでの悩みが解消したヒラメは遠足の帰りのバスの中でワンマンショーを開くほど、歌っていた。しかし、その歌を聴いた者は、運転手をはじめ、すべて全滅してしまったのだが…。(6巻9話、10話)
 そうかと思えばチエやテツとの雑談の中で、わからない表現がでてくると、家に帰ったときに、それを調べてくるという「勉強家」の一面を持っている。
 たとえばチエがタカシに「コバンザメ」と言ったとき、ヒラメは兄の図鑑でコバンザメの生態を調べた。そしてチエに「コバンザメゆうのは、サメにへばりついて、サメの食べ残したご飯を食べるんやて。そやからマサルがヤセたらコバンザメも」と報告している。そもそもコバンザメを知らなかったチエは、それを聞いて「そぉやったんか。ウチ完全にピッタリのこと、ゆうてしもたんやな」と納得している。(25巻9話)
 ほかにも、北極では風邪を引かない理由とか、コレラが別名「三日コロリ」と言われる理由などを調べてきている。(27巻1話、47巻3話)
 本当の勉強とは塾へ行ったり家庭教師に教科書どおりのことを習ったりするのではなく、日常の疑問をコマメにしらべるところにあると思う。日本人は生活環境の工業化に伴い、本来の勉強する機能が退化してしまっている。そのため、教科書どおりの授業、テストに束縛され、なんの内容もない事柄を学習するロボットになってしまった。
 たとえば鎌倉幕府が開かれたのは1192年。「イイクニ作ろう…」と覚えてみたところで、平家を滅ぼした源氏が、なぜ鎌倉幕府を作らなければならなかったのか。その時代背景は…という内容の知識は全く教えられない。そんなことを知っても役に立たないし、テストの答案に「1192年」と書いても知識として役に立たないのである。内容を勉強しないから美辞麗句を並べたヘンな宗教団体に入信し、平気に殺人事件を犯したりするのだ。一流大学が守銭奴官僚を生産する工場と化したのも、そのせいではないだろうか。
 ジュニア版の登場人物紹介で「あまり勉強はできない」と紹介されているのだが、彼女こそ本当の勉強の仕方を知っているのだと私は力説したい。
 しかし、成績について、チエの成績(5巻2話、16巻12話)のように彼女の成績がハッキリとわかるシーンがないのだ。授業参観の時、分数の問題で当てられなかったが手を上げている場面があるが、通知簿を見ながら、笑いで成績をごまかしている場面もあるので、それは何を基準にして「あまり勉強できない」としているのか分からないのである。(1巻3話、5巻2話)

★芸術少女
 ヒラメの趣味は絵を描くことである。そうかといってマサルのように絵画教室に通ったりはしない。ヒマができると道具を持って、ひょうたん池へスケッチに出かけるのだ。
 しかし、図画の時間にヒラメの絵は完成することはない。時間内に書き上げたことはないのだ。ヒラメの絵は誰も見たことがないのだ。(6巻2話)
 チエと小鉄は、このときに彼女の完成された絵を目にしているのだが、彼女の絵の実力が世間に認められるのは、これより半年後のこと。プロボクサーだったテツをモデルに絵を描いたときである。ヒラメはその絵を完成させてテツにプレゼントするのだが、テツが文句をつけたため、チエがもらうことにした。
 そこにマサルが自分の絵を絵画コンクールに出すという話を持ってきたので、マサルを脅迫して、そのコンクールの募集要項を聞き出し、ヒラメに内緒で美術館へ出品してしまった。
 ヒラメの絵はコンクールの金賞を受賞した。ヒラメは人と較べられるのが嫌いだったが喜んでいた。それは金賞受賞よりも、絵画教室に通っていたマサルの絵が銀賞に甘んじたからだ。(8巻8話、12話)
 だが、この出来事がキッカケで、ヒラメの母は絵の美術について本などで熱心に勉強するようになってしまい、娘に当て外れなアドバイスまでするようになった。母の気持ちとしては、娘の個性を伸ばそうとする教育に熱心になるのは仕方ないのだが、当のヒラメにとってはプレッシャーになっているのだ。チエは、ヒラメの母の言っていることは「おかしいな」と感じていた。なぜなら、今回、絵画教室に通って絵の勉強をしたマサルよりも、絵画教室に通わず、趣味で絵を描いていたヒラメのほうが金賞を取った事実をみて、芸術は理屈で、うまくいかないことをチエは悟っていたのだ。(15巻4話)
 金賞の評判はたちまち西萩地区に広がり、百合根は「ヒラメちゃんが大阪で一番えらい賞をもろたん知ってるんやから」と実の息子から届いた年賀状の版画を批評してくれと頼んだり、ジュニアが失踪したときには似顔絵入りのポスターを作ってもらったりしているし、菊はヒラメの年賀状を見て「あの子、大阪で絵、一番うまいんですな。こら、だいじにおいときなはれ。その内値が出まっせ」とチエに額縁を買いに行かせたり、テツはヤクザをやっつけるための変装をしたときには、顔に別の顔を描いてもらい「なんせ、ヒラメは大阪で絵が一番うまいからなぁ。ワシなんか検査しやんと全部、まかしちゃうもんね」と…絵が必要なときには、何かとひっぱりだされることが多くなった。
 マサルの腰巾着のタカシでさえ、マサルとヒラメが絵の競作になりそうなときに、マサルに「不利やわ」と忠告するほどである。(13巻1話、2話、18巻4話、15巻2話)
 そのヒラメの評判のウラでテツは、こんなことも言っている。
「あのヒラメのメチャメチャ細かい、しぶといだけの絵」「あいつ何時間かかろが、何日かかろが、こおと決めたらテコでも動かん、しぶといガンコ少女なんやど」(41巻7話)
 彼女の創作の源は無神経のテツですら気を遣うほどの感受性の強さだ。たとえば、チエば魚釣りの前に魚の生態を調べようと提案したとき「いろいろ魚のこと分かったら、釣るの、かわいそうになるんとちゃうかな」と思っていた。どんな小さなことにも着眼できるところに芸術家の素質が兼ね備わっていると思われる。(39巻1話)

★駄菓子のグルメ少女
 彼女こそ、日本駄菓子史上最高の食通である。その食のこだわりはお菓子通のちびまる子ちゃんをしのぐ。何しろ駄菓子をおいしく食べるには、その美味しさを最高に引き出す食し方を知っているので、たとえ美食倶楽部の海原雄山でも駄菓子の食べ方には彼女に及ばないだろう。
 『じゃりン子チエ』に登場するお菓子はカルメラ、カリン糖、ス昆布、塩センベ、かき氷、大福、回転焼などノーブランドの下町駄菓子である。ポテトチップスとかクッキーといった大手メーカーのお菓子はほとんど登場しない。「ビスコ」(江崎グリコ)が一度だけ登場しているが、これはバクチの賭け札になっているので、お菓子としての登場ではない。(5巻7話)
 さて、彼女の美食哲学をここでご紹介しよう。
 チエに「塩センベの食べ方」を伝授しているが、チエは「食べ方なんてあるの」と聞き返しているぐらい、マニアックな食通の食べ方なのだ。
「最初、まわりのギザギザから食べ」て円周を丸くして「まん丸になったところをバリバリゆわして食べたら、おいしいねん」(3巻7話)
 次は「氷ミルク」(練乳をかけたかき氷)の食べ方である。これは作法というよりも極意である。チエは「氷ミルクは、あの最後の氷とミルクがグチャグチャに混ってとけたとこを、グーッと飲むのがたまらんなぁ」と解説しているが、ヒラメは、口には出さなかったがチエの食べ方を「まだまだ氷ミルクにかけてはアマチュアやな」と思ったに違いない。ヒラメの氷ミルクの極意は、こうである。(44巻3話)
「ウチ、こぼしたらあかんから、口をガラスの容器と同ンなじ形にして飲んだわ」
 美食の極意は、まだある。「大福」の食べ方である。
「こおゆう、ダンゴみたいな形の大福は、まず、大福のまん中を指で押さえて、そこを中心に、周りへ平べったく押し開げる。ほんなら、アンコが全体にまんべんのう、行き渡って、そこを」パクッと食べるのである。チエは「ウチもまねしよう」と、さっそく、この作法を習得して大福を食べていたが、ヨシ江も無言で実践している。(47巻4話)
 ほかにもアーモンドチョコの食べ方について、こだわりを持っているが、チエも教えてもらう前からその食べ方を実践しているのでヒラメのオリジナルとは言いがたい。しかも、その食べ方は小鉄に批判されている。(11巻1話)
 彼女の美食のこだわりは母親譲りであると考えられる。母はカレーの作り方や自然食品に凝っていたりするからだ。もしかすると、これらの食べ方も母から代々伝えられた秘伝なのかも知れない。(53巻4話、58巻3話)
 その一方で、美食にこだわりすぎるのも問題である…ということもヒラメは知っている。それは代々伝えられる美食の危機管理とも呼ぶべき奥義である。
 それは、ぜんざい(関東地方の「いなか汁粉」のこと)を小学生のうちに思い切り食べることである。
「今の内にぜんざいを食べとかな、中学生になったら食べられへんで」
 なぜなら「ぜんざいは美容に悪いから」(12巻5話)
 ヒラメの母は、これに失敗したのか5年前からダイエットに励んでいる。(52巻11話)

★オトナになるヒラメ
 ヒラメの初登場は1巻3話。特にセリフはないが、算数の時間に先生が出した分数の問題で活発に手を上げている。しかし、その顔は、今とはずいぶん違う。
 長編漫画なので描画タッチが変わったという考え方もできるが、デフォルメから考えても、それだけでは説明できない変化があるからである。
 目が吊り上がっていて、口が尖っている。目の形が円らではなく、細目で、あまりにも目付きが悪すぎる。夢の中でこんな女の子が登場したら、うなされそうな顔である。
 研究会では、ヒラメの変化を「ヒラメの第二次性徴」と呼ぶことにして、その特徴や変化をつぶさに観察している。
 4巻9話あたりから、目は吊り上がっているものの、形は円らになりつつある。7巻4話あたりから、尖らせていた口も、チエのような口に変化。ヘアスタイルも、おかっぱには違いないものの、髪の毛全体を肩で揃えるカットから、ショートヘアのように、全体の髪の長さを揃えるようなカットに変わってきている。ほぼ、現在のヒラメのスタイルが完成されるのは8巻ぐらいからである。
 顔の特徴の変化は女性ホルモンの分泌による身体の変化と考えられるし、ヘアスタイルの微妙な違いは自我に目覚めたとすれば、第二次性徴ですべて説明がつくのである。
 思春期特有の変化の極付けは、精神面の変化である。前項の美容にこだわっていることも、その表れである。しかも、それだけではなく「恋愛」に異常な興味を持っているのだ。 渉が彼女を連れて歩いているのを目撃したヒラメは、兄から中学生向きの雑誌を借り、その中の恋愛特集を読んで恋愛の勉強をしていた。チエにもそのことを話すが、そのセリフからは最初、チエはあまり興味を示さなかった。
ヒラメ「センセ、なんかうれしそうやろ」
チエ「……そお……?」
ヒラメ(ニヤニヤしながら)「やっぱり彼女ができたからとちゃう」
チエ「そぉかなぁ…」
ヒラメ「ウチ、今、兄ちゃんの本で恋愛の勉強してるねん」
チエ「レンアイ……!?」
 担任の教師が女性と一緒に歩いているところを見かけただけで、ここまで飛躍して考えてしまうのは、大人の世界に塗れて生きているチエよりも、このような話題に興味を示しているヒラメのほうがオトナに近づいてきているからではないだろうか。(10巻10話)
 最近は精神的にも肉体的にも第二次性徴の時期が早くなってきていて、早熟の傾向があるというから、突飛な説ではないのだ。
 もうひとつ、気になる箇所がある。ヒラメは「ほんまに(ショックな出来事で)こたえてる時は、もう、眼がこんな…」と、手で眼を思い切り開いて、チエに見せている。チエもその顔を見て「そ…そんなに開くの」と驚いている。ヒラメが落ち込む理由は、だいたい学校生活の中にあるのだが、チエは、そのヒラメの眼を見たことがない。私生活で思い切り眼を開けるような衝撃的な出来事が既に、われわれの知らないところであったのかも知れない。おそらく、それは、原作者が陶酔している漫画家・つげ義春の漫画「紅い花」の主人公キクチサヨコが経験したような衝撃的な出来事だったのではないだろうか。

資料「西萩小学校5年2組の席順、クラス名簿」

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