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■じゃりン子チエ・ことばの教科書 執筆:伊藤顕
★大阪弁の教科書・じゃりン子チエ
 方言の辞典というものがある。方言、つまりその地方で使われている独特の言葉、言い回しなどを辞典としてまとめたものである。たとえば大阪弁の方言辞典を見れば「じゃりン子チエ」に出てくる「カンテキ」という言葉は、いったい何であるのか判る仕組みになっているのだ。
 一方、方言の“文法”について書かれている本は驚くほど少ない。今回、こういう物を書くに当たって、いくつか書物を当たってみたが、大阪弁の文法について書かれているものは皆無であった。
 かつて、イーデス・ハンソンさんははるき先生との対談の中で「じゃりン子チエ」の大阪弁を、船場などのキタの大阪弁でない「ほんまの(南大阪の)大阪弁」だと評していた。同じ大阪弁でも、ひとくくりにできない何かがあるのだ。

 大阪弁の文法とは? そして南大阪の大阪弁とは?

「じゃりン子チエ」をそういう大阪弁の教科書として、おそろしくかたよった見方ではあるが、そのように読んでみることにした。


★文法1 動詞の活用
1.五段活用
 標準語大阪弁
未然形・ない
・う
・へん
・へん
・(う)
連用形・ます
・た
・ます
・た
終止形
連体形・とき・とき
仮定形・ば・ば
命令形
 これは、「言う」という動詞の五段活用である。ここで、太字の部分は語幹であり、ピンク色で表示してある部分は活用語尾である。
 特に標準語と大阪弁の活用の違うところを見てみることにしよう。

<未然形>
 五段活用動詞に打ち消しの助動詞「へん」をつけるときには2通りの活用があり、「言へん」「言へん」のどちらを使っても良いようだ。どちらも標準語の「言わない」と同じ意味なのだが、「言えへん」の方は下一段活用をする可能動詞「言える」の打ち消し「言えへん」と表記が同じなので注意が必要である。

<連用形>
 ここでの標準語と大阪弁の活用の違いは、促音便の小さい「」がウ音便の「」に置き換わっているところだ。
 なるほど、大阪弁では「っ」が「う」になるのか、と早合点してはいけない。大阪弁にも「行った」「居った」「分かった」「持った」…など、促音便の「っ」はちゃんと存在する。というよりむしろ、「言うた」と、「っ」が「う」なるほうが例外なのである。
 それでは「言うた」のような変化をする動詞はいったいどういうものだろう。このような活用をする動詞をいくつかならべてみよう。

思う・言う・揃う・酔う・誘う・負う
会う・似合う・使う・違う・伝う・買う

 気づいただろうか。これらはみんな終止形が「う」で終わる動詞なのである。これらはみんな連用形では活用語尾が「う」になって、接続助詞「て」をつけると次のようになる。

思(う)て・言うて・揃(う)て・酔うて・誘(う)て・負うて
会うて・似合(う)て・使(う)て・違(う)て・伝(う)て・買うて

 ここでもまた、おや? と思うようことが2つほどあるのだが判るだろうか。1つはすぐに判る。「う」にかっこがついているものといないものがあること、そしてもう一つは…関西言語圏の人ならピンと来ただろうか。下の段にあるものは、それぞれひらがなで書くと、

おうて・にお(う)て・つこ(う)て・ちご(う)て・つと(う)て・こうて

 と、語尾だけでなく語幹の部分までもが変化しているのである。いったいこれらの違いはどこからきているのだろうか。

 「う」にかっこがついてるものは、「う」自身が省略可能なものである。それでは逆に「う」が省略できない動詞とは何か。それは、「う」「う」のように語幹が一文字だけのものである。ただし、語幹が一文字でも、「食う」「縫う」のように語幹がウ行の音の場合は省略できるようだ。たとえば「食う」は接続助詞「て」をつけると「食て」となる。なお、省略可能なものは大概省略される傾向にあるようだ。
 後者の、語幹までもが変化する動詞、これらに共通しているのは、語幹の末尾音、「似合う」であれば「にあう」の「あ」の部分であるが、ここがア行の音であるということである。語幹の変化は、その語幹末尾のア行の音がオ行の音に置き換えられることにより生じる。「似う」の「あ」は「お」になって「に(う)て」になり、「つう」の「か」は「こ」になって「つ(う)て」といった具合である。

<命令形>
 特に大阪弁特有の活用はない。「どっか行き」「止めとき」のように、連用形活用をする命令文があるが、これは後ろの「なさい」が省略されているものであって、命令形の活用語尾ではない。


2.上一段・下一段活用
 標準語大阪弁
未然形・ない
・よう
・へん
・よ(う)
連用形・ます・ます
終止形
連体形・とき・とき
仮定形・ば・ば
命令形

 上一段、下一段活用では、「見る」の「見」の部分は活用の一部分で語幹はないという見方があるようだが、ここでは「見」の部分は語幹であるという考えのもとに話を進める。
 ここでは、標準語と大阪弁の活用語尾の違いは、未然形で打ち消しの助動詞「へん」がつく場合と、命令形に見られる。

<未然形>
 上一段、下一段活用動詞共に、打ち消しの助動詞「へん」をつけるときには語幹の末尾音の母音を繰り返す形を取る。つまり、上一段活用動詞では「」、下一段活用動詞では「」が活用語尾として付くことになる。

見いへん・着いへん・起き(い)へん・落ち(い)へん
寝えへん・出えへん・言え(え)へん・逃げ(え)へん

 このように、「い」や「え」は五段活用連用形の「う」と同様に語幹が2文字以上ならば省略可能である。そしてここでも省略可能なものは大概省略される。

<命令形>
 命令形も未然形+「へん」と同じ活用をして「い」や「え」が活用語尾としてつく。
 上一段、下一段活用動詞では、「なさい」が省略された命令文と、命令形が見分けが付かない場合が多いが、「それみてみ」のように語幹が1文字の動詞の命令文で「い」や「え」がないものは「なさい」が省略されたものであると見ることが出来る。

 ちなみに分類的な例外として、「出来る」という動詞は発音上「来」が「け」と発音されることがあるので、上一段、下一段が混じったような活用をするが、「じゃりン子チエ」ではルビが振られていないのでどういう活用をしているかは判らない。


3.カ変・サ変
 カ変サ変
標準語大阪弁標準語大阪弁
未然形・ない
・よう
けえ・へん
・よ(う)
・ない
・よう
・ぬ
・れる
せえ・へん
・ょう
・ん
・れる
連用形・ます・ます・ます・ます
終止形くるくるする
する・な
する
・な
連体形くる・ときくる・ときする・ときする・とき
仮定形くれ・ばくれ・ばすれ・ばすれ・ば
命令形こいこいしろ
せよ
せい
せえ
 カ変・サ変ともそれぞれ「来る」「する」の一語ずつしかないので表を参照してもらいたい。

 同じ関西弁でも、カ変未然形+「へん」を「こおへん」「きいへん」と発音するところがあるようだが、「じゃりン子チエ」の世界では、ほぼ「けえへん」に統一されているようだ。


★文法2 形容詞の活用
 標準語大阪弁
未然形かろ・うかろ・(う)
連用形・て
・ない
かっ・た
・て
()・ない
かっ・た
終止形
連体形・とき・とき
仮定形けれ・ばけれ・ば
 連用形で活用語尾が「く」になる活用は大阪弁にはなく、基本的に語幹末尾音の母音を繰り返す活用をするのだが、条件が少しややこしい。
 繰り返される母音は、上一段・下一段活用動詞と同様に語幹が2文字以上であれば基本的に省略可能であるが、連用形の後ろに付く単語が助詞の場合には省略することが出来ない。
 また、語幹の末尾音がオ行の場合、「お」の代わりに「う」がつけられることが多いが、基本的にどちらでも構わない。

のうなる・良おなる・悪(う)なる・美し(い)なる
のうて・良おて・悪うて・美しいて

標準語大阪弁
早く・なるはよ(う)・なる
はよ(お)・なる
はや(あ)・なる
無く・なるのう・なる
のお・なる
 五段活用動詞と同様に、語幹の末尾音がア行のときは、ア行→オ行の語幹変化が起こる場合がある。この場合の活用語尾は「う」になることが多いようだが、原則どおりの「お」でも構わない。
 また、語幹が2文字以上のときは語幹変化せずに、ほか同様母音を繰り返して言うことも出来る。これも、どちらを使っても構わない。

標準語大阪弁
早く・起きる早う・に・起きる
早あ・に・起きる
早(う)・起きる
おいしく・なるおいしい・に・なる
おいし(い)・なる
 動詞に接続する場合は、大阪弁特有の助詞「に」を伴って表現することも出来る。この「に」は助詞なので連用形活用語尾の省略は出来ない。
 ちなみに、大阪弁の「おおきに」という言葉は「大きい」にこの助詞「に」をつけた言葉が縮んだものである。
 ここまでのように、形容詞連用形ではさまざまな活用があり、特にこれらの使い分けはなく、どの表現を使っても良いようだ。

 形容詞を感嘆詞風に使うときは「寒う」「臭あ」と、連用形で終わらせる形を取り、一般的には母音を繰り返すのではなく伸ばす音を入れ「さむー」「くさー」と表記する。特にこれを強調するときは、間に小さい「っ」をつけて「さっむー」「くっさー」と表現する。
 これは標準語でも同じことであるが、一応ここに記した。ただし、標準語活用だとこれらは「さみい」「くせえ」と活用の違いから言い方が異なる。


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