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■サディスト・小林マサル 執筆:菊地馨
★チエの謎の友達
 チエの無二の親友といえば隣の席に座っている平山ヒラメちゃんだ。何をするにも意気投合している。ヒラメちゃんは日頃クラスメートからドンくさいと言われるが、地区の相撲大会に出たり、ラグビーや野球にも出場したりしている。スポーツ万能とは言えないが必ずしも体育系の遊びが嫌いというわけではない。(3巻8話、11巻6話、15巻5話)
 また、最初は猫のトラブルで、いがみあっていた転校生のサッちゃんも、誤解が解け親友となるが、すぐに岡山へ引っ越してしまった。引っ越し後も文通や、チエやヒラメが岡山へ遊びにいったりと交流は続いている。
 彼女たちのことは詳しく後述するが、チエは店をしているだけあって、学校での友達関係は、それほど多くない。
 右隣に座っているマサルやタカシは、チエに悪口を言うのが生きがいであるが、決してチエは友達とは思っていない。ただし、マサルの母やマサル自身は、チエのことを友達だと思っている。(6巻4話、46巻2話)
 同じ学校ではないが、テツの鑑別所時代の友人の勘九郎の息子で自称「チエの結婚相手」の小学4年のコケザルがいるが、チエは彼を結婚相手どころか友達とも思っていない。ところが、おバァはんやヨシ江、勘九郎はチエとコケザルは友達だと思っている。本当は、そう思われること自体イヤなのだが、イヤな顔をするとヨシ江に怒られてしまうのだ。もともと、コケザルは和歌山に住んでいたが、コケザルには今まで友達ができなかったので、勘九郎がチエとは友達になれると思い、わざわざ近所に引っ越してきたという経緯がある。チエにとって、コケザルとは同じ校区でないことが唯一の救いである。(18巻2話、16巻5話、7話)
 チエの子供のネットワークは、ザッとこんなものである。
 しかし、これとは別に、小学校4年のときに、もうひとり、チエが「友達」と称する人物がいたのである。
 小学4年のマラソン大会でマサルは、チエの運動靴を隠してしまい、下駄で走ることとなった。それでもチエは3着と健闘するのだが、マラソン大会のあと、隠した運動靴は机の中から出てきたのだ。その原因についてチエは、こう語っている。
「マサル、ウチに負けるの悔しいから、隠すとこ、友達が見たゆうとったわ」
 チエは、この証言をした人物を友達だと言っているが、冷静に考えるとイヤな奴である。本当にチエの友達だったらマラソン大会の前に、この事実をチエに言うべきだろう。それにマサルはケンカが強いわけではないのでビビらされることは、まずない。(1巻10話) 当時、チエの家庭環境は今ほど幸福ではなかった。ヨシ江が家を飛びだしていたからだ。それに働かないテツを抱え、チエ自身がホルモン焼屋を切り盛りしている。
 最近もよく言われている「イジメ問題」では、個性が突出したり、家庭環境が悪い者にイジメの刃が向けられる。昔から、その構図は変わっていないが、現代はより陰湿になっている。カルメラの表現を借りれば「サラリーマンみたいな顔をしやがって、ヤクザやったんや」と言うような子供がイジメっ子になる。外見ではいじめっ子かどうか判断できないのだ。5年生になった今、その友達とは縁を切ったみたいだ。

★「藤井君」だった小林マサル
1巻初版本49頁。なぜか「藤井君」だった小林マサル  1巻49頁で、小林マサルのことを先生は「藤井君」と呼んでいた。このシーンはマサルの名字が初めて判明した場面でもある。
 なのに、4巻で藤井君は「小林マサル」になっていた。なぜ、彼は「藤井」で通さなかったのだろう。
 はるき悦巳先生は、7巻で、これを「間違い」と片づけ、1巻の再版から訂正し「初版分を買っていた人以外はだませたつもりだった」と記している。
 原作者がもみ消した初版本の問題部分が、左の画像である。(古傷をほじくりだすようで恐縮だが…)
 実は、未だに訂正されていないタカシの「浩二」「コウジ」以外にも、この漫画には、途中で名前が変わる登場人物が、あと4人確認されている。
 そのうち1人は、今回のマサルと同様、再版分から訂正されたにも関わらず、コメントも訂正記事も出ていない。(31巻初版116頁)
 この件とは別に、もう1人も、おそらく知らない間に訂正されると思うが、当会著『じゃりン子チエの秘密』(全国のコミック専門書店で絶賛発売中!!)で指摘している。
 残る2人は誤植だけでは考えられない名前の変化をしている。
 そのうち1人は、頻繁に登場するものの、滅多に名前を呼ばれないため、間違いではなく「姓と名を、それぞれの場面で呼ばれているのだ」と解釈する説が研究会内部で唱えられている。
 とにかく、マサルとタカシ以外で名前が変わる4人とは誰なのか…一度、お暇な時にでも探してみてはいかがだろうか。
 ただし釜地捨丸は除く。彼については研究会の解釈が少し違う。詳しくは「じゃりン子チエの秘密」195頁を参照してください。
 ちなみに原作ではないが、アニメ映画版の「じゃりン子チエ」の登場人物紹介でタカシは、なぜか「シゲオ」と紹介されている。
 実際、映画でタカシの名は名前を呼ばれることはなかったが、彼の存在感のなさが、名前を正確に覚えてもらえない原因だと思われる。

★マサルはいじめっ子か?
「チエの同級生。勉強は良くできるが、いじめっ子。趣味は悪口をいうこと」
 映画やアニメが上映、放映されたころに、小学生向けに再編成された単行本『ジュニア版じゃりン子チエ』の「登場人物紹介コーナー」に載ったマサルの紹介である。
 マサルのタイプからして、わたしたちが描く「いじめっ子」のイメージとは少しかけはなれているように思えるが、それは単に私たちの住む世界と西萩地区との「違い」だけとするのは間違いである。この勝負、実は圧倒的にチエが勝っているのである。
 マサルがチエに自慢や悪口をふっかけた勝負は62巻までに35回。そのうちマサルが完璧に勝った勝負はたった2回である。そのうち1回は、ホラー作文でチエが先に逃げだすが、そのあとにマサルが卒倒するという引き分けに近い辛勝である。もう1回は家庭訪問直前で落ち込むチエをタカシとの共同戦線で「口撃」。チエに反撃のチャンスを与えなかった堂々の勝利である。いちばんイジメらしいイジメでもあった(1巻11話、2巻6話)。 その反面、マサルは攻撃直前に自滅するというパターンが2回もある(3巻4話、57巻5話)。
 ちなみにチエが最終的に勝った勝負はマサルの自滅を含めて35回中23回。テツやジュニア、タカシ、コケザルなどの妨害、ヒラメの圧力などで勝負がつかなかった戦い10回あった。詳しくは別表を参考にしてもらいたい。
 しかし、チエはマサルの悪口に、かなりダメージを受けているのである。
 警官のミツルに、こんな相談を持ちかけている。
「悪口はなんぼゆうても罪になれへんのん…? もし、気の弱い少女がおって、その子が毎日毎日、悪口ゆわれとったら、どおなると思う。その子がヤケクソなって、悪口ゆう子の家に火ィつけたら、どおなるの。その子が、よその家に火ィつけたりしたら警察に捕まるやろ。そやけど、その子は悪口ばっかりゆわれたから、そんなことしたんやで。それでも悪口ゆうた方は罪にならへんのん。その子はきっとテツみたいに鑑別所行きや。テツは喜んどったやろ。そやけど、気の弱い少女は、ものすごショックやねん。鑑別所行くぐらいやったら、ウチ死んだる!…きっと、そおゆうな。それで、その子が自殺しても悪口ゆうた方は罪にならへんのん」
 この相談を受けたミツルの回答は、こうだ。
「そ…そおゆう場合は、その…ちょっとオレの専門とちゃうからなぁ。そやけど、自殺だけはあかんで。よぉわからんけど、チエちゃんみたいな子やったら大丈夫やわ」
 チエが言う「その子」とはチエ自身を指しているのだが、この話から推察すると、ときどきマサルの家へ火をつけてやりたいという衝動にかられることが多々あるようだ。自殺もほのめかしているが「死んでたまるかいな。なんで死んでまでマサル喜ばさないかんねん」とチエは言っている。(9巻8話)
 チエが、いくらマサルとの戦いで勝利しているからといっても、マサルの口撃はジワジワとチエの体を蝕んでいるのは確かである。チエの勝利は根本的な解決にはなっていないのだ。チエ自身もそれに気が付いている。「ウチ(マサルを)どついたことあるけど、死ぬまで悪口ゆわれるで」とヒラメに忠告したこともあるぐらいだ。(4巻1話)
 いったい、チエに対するマサルの口撃は何を目的としているのだろうか?
★目的なき戦い
 戦争は手段であって目的ではなく、戦争の目的は、その戦争への勝利であると中国の兵法書『孫子』に書かれている。
 最近、新聞に載るイジメは、いじめっ子による恐喝、暴力による小間使いという形式ができている。それは、あくまでもイジメをする目的であって手段ではない。この場合の手段はいじめっ子の呼び出しとかイタズラにあたる。
 しかしマサルの場合、チエに対する悪口は目的ではなく手段でしかない。マサルの悪口攻撃を戦争とするならば、戦いの勝者は、ほとんどチエであるからして、必ずしもマサルは「目的」を果たしたとは言えない。つまり目的が見えないのである。
 そのひとつとして「手段」に綿密な計画を立てすぎて、目的を見失った点があげられる。例えば、PTA主催のガラクタ市でのアトラクションのクラス発表の劇に、マサルは徹夜でシナリオを作り、チエとヒラメを主役にしてしまった。それも金持ちの双子の役である。腰巾着のタカシは「チエもヒラメもカッコええやんけ」とマサルに詰め寄るが、マサルは「メチャメチャなもんが、メチャメチャな役やったら、メチャメチャ演技うまいに決まってるやんけ。おまえ、チエが、いつもどんな、しゃべり方してるか分からんのか。チエがいちばん苦手なんは、ええとこの子のマネなんや」と説明している。おまけに、マサルがチエをどつく場面まで設定されていたのだ。
 あえて「目的」をこじつけるとすれば、チエとヒラメを、みんなの前で恥をかかせて、笑い者にしてやろう…となるだろう。しかし、マサルの言動からは、それはいっさい感じられない。ただ、単にチエやヒラメを困らせてやろうというだけなのだ。
 主役に担ぎだされたチエとヒラメは、この話が決まった直後、落ち込み、一時は蒸発を決意するところまでいった。マサルの思うツボである。しかし、リハーサルでは、マサルがチエをどついた瞬間、チエはどつき返し、ヒラメも、それを止めるふりをしてマサルを殴り、反撃へ転じた。
 本番での反撃はもっとエスカレートした。チエとヒラメは幕引き係のタカシを本番前に校庭の隅へ呼び出し、チエをどつくシーンの直後に、幕を閉めろと脅迫。こっちのほうがイジメのように思えるが…ここでは触れないことにする。そして、本番。劇の途中にヒラメの合図で幕が閉めらると、そこでマサルは袋叩きにされ、保健室送りにされた。再び幕が開くと、チエのアドリブで劇が進行された。(10巻2話、4話)
 ハッキリといって、マサルは「詰めが甘い」のである。綿密な計画ではあったが、スキが多いうえに、腰巾着のタカシが脅迫に負けマサルを裏切り、返り討ちに遭うという結末になったのである。
 ところで、このマサルの劇で意地悪の攻撃対象になったのは、チエとヒラメだけではなかった。マサルとは学級委員選挙の対抗馬である他所見君にもマサルの刃が少しだけ向けられたのである。しかも、その目的もちゃんと存在するのだ。
 他所見君の役は、劇の開演前に、劇の題名を言うだけというもの。彼に対する「配役」は他所見君に、いい芝居をされてヘンに人気が出るとマサル自身の学級委員の立場が危うくなるからである。すなわち、他所見君に対しては利害関係という目的が生じるが、逆にチエやヒラメに意地悪をしたところでマサルの利害関係は一切ないのである。
★イジメの美学
 チエは「なんで死んでまでマサルを喜ばさないかんねん」と言っているが、果たしてマサルはチエに「死」を強要しているのだろうか?
 マサルはチエにライバル打倒の共闘を申し入れたことがある。
 転校生の米谷里子は、いきなりのテストでマサルとほぼ互角の点数を取った。これを知ったマサルは、里子にテストの点で負けないため、不眠不休の勉強を強いられ、グロッギー状態になっていた。学校でチエを見ても何の反応も示さなくなった。
 そして、ついに、マサルは口にしてはいけない言葉を発してしまったのである。
「チエ~。チエ助けてくれ~」
 冷静な腰巾着タカシですら「あかん……最悪や。チエに助けてくれやなんて」とマサルの不調を分析している。(45巻8話)
 しかし、マサルの闘争本能は正常に機能していた。チエやヒラメに向けられた闘争心ではなく、米谷里子に対する闘争心である。しかも、里子にダメージを与えて自分のライバルから蹴落とすという利害関係を持った目的が、ちゃんとあったのだ。
 その照準は冬休み前のマラソン大会。ここで里子を打ち負かそうとするのだ。だが、マラソン大会で完走したことがないマサルにとって、チエは、マサルの持っていない力を補完する運命共同体に組み込まれようとしていた。
「オレらには、ちゃんと秘密兵器があるやないか。チエや。チエは人間やないどお。(中略)チエにコテンパンにやられて、もぉ、勉強でも体操でも立ち直れんようになってしまうんや」(45巻11話)
 チエはマサルに協力するつもりはなかったが、マサルの思惑どおり、チエは里子を圧倒的速さで負かし優勝した。里子はチエに負けないための一心で、チエの後を必死でついてきたが、途中で倒れリタイヤしてしまった。
 そのあと里子が倒れたことを知っているマサルは、里子を心配してチエにこんなことを言っている。
「オレ、チエに勝てとゆうたけど、死ぬ目にあわせなんて、ゆうてないど」(46巻7話)
 マサルは攻撃相手を死ぬまで、追い詰めようとは考えていないのだ。ここに、マサルの美学があると考えられる。
 マサルには「貧乏人」「不良少女」「頭が悪い」という悪口の常套句があるが、チエには全くこたえていない。むしろその言葉に肉付けされるホラー小説のような不気味な悪口の方がチエにはこたえていることを、マサルはよく知っている。「ホルモンの串が眼につきささる」とか「脳ミソのシワ」の話とかである。悪口は「貧乏人」「頭が悪い」からスタートするものの、最終的にはホラー小説の発表になり本質的な個人攻撃にはなっていないのである。
 たしかに最初のうちは暴力少女チエに対抗するため剣道を習いにいったりしていたが、チエには勝ち目がないと悟ったのか、無駄な努力と悟ったのか、それ以降、暴力でイジメようとはしなくなったこともあげられる。
 しかし、この変遷をマサルの「美学」であると結論づけるにあたり「美化しすぎる」という意見もある。その理由は事項に譲る。

★攻撃錯乱型の歪んだ愛
 もともと、小学生時代の恋愛というのは、ついつい好きな異性をイジメて喜ぶという、サディズムのような恋慕が多い。そこにきて、最近は情報化社会のおかげで恋愛感情が早熟だといわれる。思春期の年齢が低年齢化してきているのも、そのせいかも知れない。
 ジュニアは、マサルはチエのことを好きではないかと疑ったとき、マサルの愛情は「多弁的攻撃錯乱型の歪んだ愛」だと論じている。(11巻10話)
 コケザルがマサルの前で「ワシはチエの結婚相手じゃ」と宣言したとき、マサルはショックだった。その直後、チエの家へ「幸福の使者」というペンネームで使ってラブレターらしきものを投げ込んだ。
 その内容は次の通りである。
「結婚をあせるとヒドイ目にあうど。親を見たら分かるやろ。結婚は一ペンしたら、もぉ終りやど…」
 その手紙を投げ込んだ帰り、マサルは公園でお好み焼の食べすぎで、公園のベンチでうなっているテツを見て、こう呟いている。
「分からんのか。チエ、あんな奴、テツと一緒やないか。悪口やと思わんと、ちゃんと読めよ…」
 次の日、タカシは、マサルが、このごろチエの悪口を言わないので、その理由をいろいろと尋ねるがマサルは上の空だった。それどころか、さらに詮索しようとするタカシに八つ当りしている。そして、また、チエの家へ手紙を投げ込んだ。
「テツはアホや。テツのアホはもお、なおらんけど、アホの子や思て、あきらめるのは、まだ早い。あんなテツといっしょにおって、それでもテツみたいな奴と結婚したいのか」
 チエには、誰がこの手紙を書いたのか、この時にハッキリとわかった。
 2通目の手紙を投げ込むとき、マサルはこう呟いた。
「お母はん見て分からんのか。あんまり不幸になり過ぎたら、こんにちわゆうて、笑うだけになってしまうんやど。大人になってオレが悪口ゆうても笑うだけやなんて…オレはどおなるんや」(18巻2話、3話)
 これはマサルが抱く、チエに対する多弁的攻撃錯乱型の愛情表現なのだ。大人になってもチエに悪口を言える関係といえば、夫婦関係ぐらいしかないだろう。まだ、漠然としたものではあるが、マサルの、チエに対する屈折した恋愛を垣間見ることができる。
 それに、マサルの攻撃に反撃しなくなったときこそが、本当にチエにとって不幸なのだということを伝えようとしている。
 ときどき、チエに作文や宿題を忘れているのではないかという大義名分で悪口攻撃をすることもあるが、それは普通に「チエ、おまえ宿題忘れてないか。ちゃんとしとかな、あかんど」と言いたいところを、わざわざ、悪口を兼ねて警告しているとも思える。
 それに、時計やカメラを買ってもらったとか、ハワイや東京ディズニーランドへ行ったなどとチエに自慢しているが、これも愛情表現の裏返しではないだろうか。「オレとつき合うたら、こんなエエこともあるんやど」と本当は言いたいのかも知れない。
 しかし、その行動は女性から見ると、いちばんイヤなタイプではある。

★チエの思いやり
 かたやチエは、マサルのことをどのように思っているのか。とにかく、とことん嫌っているのだ。
 体にちょっと触れられただけでも「なにするねんエッチ!!寒いぼ立つわ」と罵声を浴びせ、ランドセルで頭を張り飛ばすほど嫌っている。(18巻7話)
 ある日、拳骨からテツは「(ヨシ江が)好きやから人間曲がった」と聞かされたチエは「人間曲がるゆうことは好きなモンの悪口ゆうことやろか」と考え「あいつ、ひょっとしたらウチのこと、好きなんやないやろか。あれだけ、ウチの悪口ゆう奴も、おれへんもんな」と推理していた。考えるうちに、チエは気持ち悪くなってきた。
 しかし、それほど嫌っているのかと思えば、そうではないようなのだ。相撲大会少年の部で西萩地区が優勝し、勝手にキャプテンになったマサルは学校新聞のインタビューで、大活躍したチエとヒラメのことを「女のゴリラ」と答えたことに、ヒラメは激怒。「(悪口が言えないほど)口が聞けんぐらい、どついたらどおやろ」と言うヒラメにチエは「やめとき。みんなにゴリラやと思われるで」と自制を促した。このときチエはマサルに何の抵抗もしていない(4巻1話)。いったい、これはどういうことなのだろうか。
 さらに、マサルはチエとヒラメに催眠術をかけて、チエをニワトリに、ヒラメをカメにしようとしたこともあるが催眠術は全く効かず、チエは疲れて眠ってしまったマサルから催眠術の本を取り上げた。しかし、それをマスターしてマサルに逆襲しようとはしなかった。この出来事以来、マサルがチエから逃げるようになったのだが、チエは冷静に「今度はウチに仕返しされると思てるんとちゃうか」と他人事のように言っているのだ。(28巻1話、2話)
 もしかすると、マサルの悪口の先制攻撃に毒され、チエの心にサディズムにはなれない、マゾヒズムが芽生えてきているのではないか…と思えてならない。
 それがわかるのは、マサルが不調のときに悪口を言うと、チエは「全然迫力ないなぁ」「どないしたんやろ、全然迫力ないなぁ」と言っている。(3巻6話、6巻1話)
 言い換えれば、チエは悪口でマサルの不調を判断できるぐらいの余裕がある。そのことで、気遣うところなどは、チエの母性本能がくすぐられているとも考えられる。
 それを裏付ける、こんな重大発言もしている。
「マサルには、まず、愛を見つけてほしいわ」(56巻1話)
 この発言の頃、マサルは道に迷ったタヌキを育てていた。そのタヌキを育てるうえで、動物への愛情が芽生え、マサルはタカシに「オレのココロには愛が充満してるねん。(中略)そやから、タカちゃんにもやさしいねん。タカちゃんだけやない。チエちゃんにもヒラメちゃんにも…」と話している。そのことをタカシから聞いたチエは気持ち悪がるが、このとき、つい「愛を見つけてほしい」発言が飛び出してしまったのだ。チエは、この発言当時、マサルがタヌキを飼っていることを知らなかった。
 つまり、チエはマサルを嫌っているように思っていても、屈折したマサルの愛情を受けとめていたと考えられる。この「愛」発言のウラには「素直にウチのこと『好きや』てゆうてくれたほうが気が楽やワ」と言う複雑なチエの気持ちが隠されているのかも知れない。
★アンチ管理教育
 マサルの愛情表現をねじ曲げている原因は、度を超した悪口にある。悪口が長期にわたって言えなかったときはノート10冊にしたため「(悪口を)聞いてくれんと、オレ死んでしまう」。それも晩の2時までかけて、じっくりと悪口を書く。勉強の時間を惜しんでまでも悪口に専念する。(3巻3話、4話、4巻1話)
 そこまで、彼を追い詰めている存在がマサルの母の一点豪華主義の愛情である。一人息子のマサルに家庭教師、絵画教室、塾…とにかく勉強でがんじがらめにしている上、タカシとの当てのない旅行に出かけたときには、あとをつけたり、料理コンテストではフランス料理の材料を揃えたり…母はマサルに芽生えた自立心をことごとく摘み取ってしまうのである。(6巻1話、2話、38巻6話、23巻2話、47巻11話)
 逆に、マサルも誕生日や勉強が良くできるのをネタに母親から色々な物を買い与えられている。
 ジャンパー、電卓、カメラ、服、時計。天体望遠鏡、トランシーバー、目覚まし時計、靴、フランス料理の本などがそうだ。
 そのうち、カメラとトランシーバーはチエいじめの小道具として買ってもらった物だが、母には「家出する」と言って、なかばユスリ同然で買ってもらった品である。もちろんチエを懲らしめるために買ってくれとは言えない。なぜなら「0点の奴の相手しとったらアホになるゆうて、お母はんにおこられる」からだ。逆手に母を利用しても、結局は母の手の中で生きているのだ。(1巻5話、1巻7話、2巻11話、3巻1話、6巻1話、12巻3話、32巻4話、9巻6話、31巻3話、47巻8話)この異常なほどの管理教育に対するストレスのはけ口がチエへの悪口である。チエは学校に通いホルモン焼屋を経営しているが、常に自由奔放。学校の帰りにお好み焼を食べたり、夏にはかき氷をほおばったり…「日本一不幸な少女」とはいうものの、マサルから見れば誰にも抑圧されず、自由を謳歌している少女なのである。いわば「あこがれ」なのだ。 かき氷のときなど、マサルは母にかき氷屋でかき氷やトコロテンを食べたいと直訴したが、その直訴はことごとく棄却されている。
 棄却理由は「母さんがマサルのためを思ってよ。店で食べる氷は不潔なの。どんな手で氷や食器をさわってるかも知れないし、洗剤で食器洗ってるんでしょうけど、あれだって毒なのよ」。(15巻4話)
 それが顕著にあらわれているのが、マサルの母が勝手に企画したマサルのバースデーパーティーである。招待されたのはタカシ、チエ、ヒラメ。この招待客の顔触れを見て分かるとおり、マサルも友達が少ない。しかもタカシ以外は、主催者のマサルを含めてノイローゼ状態に陥ってしまった。マサルはタカシに「おまえ神経ないんと違うか。オレのお誕生会に呼ばれて普通の顔してるの。おまえだけやんけ」というほどだ。当日、マサルは家出するが、そこをテツに追い掛けられ、ついに脱毛症になってしまった。(34巻12話)
 しかし、氷屋のかき氷を「毒」扱いにしたマサルの母であるが、誕生日直前の夕食は、ほとんどが出来合いの惣菜である。洗剤が毒ならば、冷凍食品のカニコロッケに含まれる化学調味料や食品添加物、魚の刺身に残留する海洋の汚染物質や撒餌の抗生物質などは、その数倍猛毒のように思えるのだが…。
 口では「なんでオレがチエより不幸にならなあかんねん」(3巻6話)とは言うもののマサルは、どんなに勉強ができても、テストで百点を取っても、物を買い与えられても自分がチエよりも不幸だということを自認しているのだ。

★悪口のフォーメーション
 母によって無言に強いられている勉強ができないぐらい悪口を考えるのは、ある意味では逃避行動と解釈できる。チエに対する悪口を考えることによって、母の管理教育を一時的に忘れることができるのである。
 勉強時間に限らず、ちゃんと、逃避への準備も怠らない。遠足の前日、その準備も楽しくなるのと同じ心理である。
 つまり取材にも余念がなく、チエの家で騒動が起きるとさり気なく傍観者になりすまし、ある時は気づかれないようにメモをとったりしている。(2巻4話、49巻11話)
 しかも、チエの表情でチエは何を思っているのかをピタリと当ててしまうことができる。「今日はやめとこ。口では笑てるけど、目は笑てないど」(9巻7話)
「あの顔は、昨日まだ(宿題の日記)二日分は書けてなかった顔や。オレはチエのことはなんでも分かるんや」(18巻1話)

「今日はチエ、給食のキャベツ残してたから(校門の)こっち側通りよる」(18巻1話)「ニヤニヤしてたけど、ここ(顔)に汗かいてたやろ(中略)あれは、テスト悪かったから、笑いでごまかしてた証拠やないか」(43巻6話)

 さらに、チエを分析した結果から編み出された悪口のパターンを持っている。
「チエに悪口ゆうのは(チエが店の前を掃除している)そおゆう時が一番ええんや。忙しいてイライラするほどオレのペースになるからな」(25巻2話)
 しかし、このパターンで悪口を言って、マサルのペースになることは、ほとんどない。暴力による反攻や、完全無視という反撃パターンがチエによって編み出されているからだ。(8巻8話など)
 これとは別に、マサルは難攻不落の「悪口の黄金分割」というフォーメーションを持っている。それはチエを先頭に、その3メートル後をマサル、50センチ後方にタカシという配列が生む独自のコロシアムだ。これが完成すると、後方からジワジワと、自宅または学校まで徹底的に悪口攻撃をするのである。これは催眠術の一種と言ってよい。チエがこのフォーメーションを崩すには、走って逃げるという手があるが、マサルの経験から計算されるチエの不調時に、この布陣を敷くとチエでも逃げられなくなるのだ(14巻79頁)。
 特に下校時はヒラメが一緒のときが多いので、ヒラメがチエと別れたところを見計らって、マサルとタカシがこの黄金比を構成すべくスクランブル発進するという危機管理も忘れていない。
 なにしろ「二人がかりでやられたら、オレら死んでしまうから」だそうだ。(7巻11話、31巻3話)
 マサルの悪口はヒラメにも銃口が向けられることがあるが、それはチエに対する悪口とは異質のものである。チエを劇の主役にして、金持ちの女の子の役をやらせて、こらしめようとしたとき「この頃ヒラメもなまい気やから、ついでに双子にしたったんや」と言っている。あくまでも「ついで」なのだ。なぜならヒラメに悪口を言おうとしても、徹底的な無視や悪口を言う前に暴力で封じてしまうからである。チエのやり方ではヒラメには通じないのである(9巻7話、16巻10話など)。万難を排してヒラメに悪口を言っても暴力で仕返しされるので、決してマサルの本命にはなれないのである。(16巻1話)

資料「チエvsマサル・戦績一覧」

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