素数姫の素数入門

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■ジュニアのカルテ 執筆:春日未知
★なぜノイローゼになるのか
 「じゃりン子チエ」で春の風物詩となっているのが、アントニオジュニアのノイローゼの話題である。
 彼のノイローゼは12回発生している。
 これとは逆にノイローゼにならなかった春は5回ある。(春が、巻と巻の間に到来している46~47巻については、あくまでも推定)
 ジュニアをノイローゼにしないための予防法は、ノイローゼにならなかった春を分析すれば、自ずと結論を導くことができるが、それは、本稿の後半で参考程度に記しておく。
 なぜなら、精神病は、肉体的な病と違って、ワクチンを投与するなどといった簡単なことで、必ずしも病を防ぐことが出来ないからだ。
 ノイローゼは、周辺環境に対して、今まで培ってきた既成観念が不安定になり、周辺環境と自我との調和が崩れるところに原因がある。つまりストレスによる不調の、一歩発展したようなものと考えていただくとわかりやすい。
 したがって、彼の場合、春になると、彼自身が抱く既成観念が一気に崩れおち、それに伴って、かなり重度の鬱状態が発生するものと考えられる。
 彼自身「なんで春になるとああなるのか分からへんのや」(18巻144頁)と言っているが、私の所見では、その最たる原因についても、クランケが自ら指摘している
 「春休みが終わるとチエちゃん何年生になるんや」(25巻46頁)
 に根本的な原因があると思われる。
 つまり、これは既成観念の崩壊の最たる出来事であり、普段から物事を深く考えるタイプの患者にありがちな症状なのだ。
 このような場合、精神医学では、クランケに「視覚ゼロの生き方」を勧めている。
 「視覚ゼロの生き方」とは激動する現代に順応した生き方で、これまで自分なりに築き上げてきた既成観念を捨てさせ、先のことは何も考えずに、目の前にある事実だけをデータとして受け入れ、柔軟な物事の考え方を自我に取り入れさせていく生き方である。
 こう考えるとジュニアのノイローゼは、日本人が外国に住み着いて間もなくのころにおこる「カルチャーショック」に近い。
 しかし、ノイローゼの原因はこれだけではないようなのだ。
★なぜ春なのか
 ジュニアのノイローゼ症状は、必ずしも鬱状態とは限らない。
 17巻では、躁状態でその症状があらわれている。専属カウンセラーの小鉄によれば「今までのノイローゼは自分一人で落ちこんどるからよかったけど、今度の場合はウッ積したエネルギーが凶暴性を持って全部外部に...」との見識を示している。
 事実、このあとボクシング猫と戦い、ノイローゼがさらに進行していった。
 ちなみに躁状態は28巻~29巻にもあらわれている。
 しかし、この場合、原因が不明で、しかも外部に凶暴性を向けている。猫だから、これといって実害はないが、人間だと法的に「心神耗弱(こうじゃく)」と見なされ、然るべき措置で隔離されるかもしれない。
 また、躁状態に限り、冬から前兆が現れているのも特徴である。
 これは、人間の精神学の尺度では測れないのかも知れない。
 事実、テツの発言によると、担当獣医はノイローゼ状態のジュニアを見て「この猫はアホです」と宣告したらしい。
 動物の心身症の研究は、歴史が浅いため、手許に資料がないのだが、生物学的見地に立つと「ノイローゼの春」の出現は猫の「繁殖期」あるいは「発情期」に関連しているのではないかと思われる。
 一般的に動物には「繁殖期」という時期がある。ある季節に限って性的欲求が高まる時期のことだ。ちなみに、繁殖期がない動物といえば人間ぐらいである(ただし人間の場合は年中繁殖期という考え方もある)。
 猫の場合はご存じのように春に発情期がある。
 しかし、ジュニアの場合、原作を読む限りでは番外篇の初恋話以外は、これといって年頃の雌猫との関わりはない。
 ジュニアは常に「男」を意識して行動しているが、その反面、彼の深層心理の中では「ホンモノの男」になりたいという欲望が常にあるのかも知れない。その欲望が発情期になり屈折した形でノイローゼとなって現れ、そこに既成観念を破ったチエの進級といった外的要因も加わり悪化させているのだ...と私は考えている。
 それでは「同じ猫である小鉄はどうなのか」という疑問が出て当然かと思うが、これについては、
「ワシはあまりに人間的な自分に腹立って暴れ出したい気分なんじゃ」(46巻130頁)
 と語っているとおり、チエの家のように複雑怪奇な人間関係の中で、猫からかけ離れていく自分を認めているのである。まさに「国宝級」の精神状態になっているのだ。(10巻92頁)
 ただし、この場合「人間的な自分」と「種としての猫である自分」のバランスが精神的に崩れると、強烈な精神分裂症になる可能性がないとはいえない。

★ノイローゼ予防法
 私の説が正しいとすれば、まず、種としての猫であることを自覚させるために、発情期は自由奔放にさせることが必要だろう。(乱暴な意見だが、これはあくまでも猫に限った話である)
 しかし、西萩地区にはなぜか、雌猫はいない。
 その理由は、おそらく「世之介」とか「人妻たらし」「色キチ」「映倫破り」「スケベ野郎」「エロ男」と言われていた、彼の父が西萩地区にいた点にあると思われる。詳しくは書かないが、雌猫が、そんな猫がいる西萩地区に寄りつかなくなったのだろう。(25巻241頁)
 また、西萩地区周辺でも、そんな父に外見的に、そっくりなジュニアを見かけると、雌猫は気づかれる前に逃げてしまうものと思われる。
 ジュニアが西萩地区にいる限り、この方法での予防は事実上、不可能だろう。
 33巻では、ジュニアがノイローゼになったという事実は登場するが、ノイローゼになったジュニアは登場していない。(33巻215頁)
 このとき、小鉄は「ノイローゼ旅行」と語っているが、おそらく、この裏では、小鉄とジュニアは遠征して、発情期を発散(?)していたと推測できる。結果論になるが、ちょうど、この話は「じゃりン子チエ」全巻を通して中間点になることからも、ここで「ガス抜き」があってもおかしくはない。
 しかし、西萩地区で、毎春に発情期を処理できる環境がない。
 となると、ジュニアの場合、自分のノイローゼの原因は「春」そのものにあると思っているので、「春」を忘れさせるところで予防法を考えなくてはならない。
 それに成功しているのが、21巻の例。
 小鉄と共に冬のうちに山ごもりへ出かけている。いわば「精神修養」といったところだろうか。
 だが、その春はノイローゼを克服しているが、翌年からはまた春にノイローゼになっている。
 一方で、何もしないのにノイローゼにならなかった時期もある。
 特に46~47巻の間に到来する「春」には、ジュニアに前兆もなく、その後の後日談もないことから、ノイローゼを自然に克服しているものと推測できる。
 この時期、ジュニアは誤解により転校生サッちゃんとチエとの間を取り持つことばかりを考えていた。その誤解も解けると今度は、サッちゃん親子と猫のロックが堅気屋に「下宿」するという環境の変化もあり、完全に「春」を忘れていたようだ。
 とにかく季節を感じさせないことが彼にとってのノイローゼ予防法となっていることは確かである。
 ただし、例年のノイローゼは、年毎に悪化の一途をたどっていることも指摘しておかなくてはならない。
 最初の頃は、小鉄に絡むことで、ジュニア自身がノイローゼからの脱却をはかっていったが、例のボクシングによる躁状態から、小鉄のカウンセリングだけでは治らなくなっているのだ。
 39巻、61巻では小鉄以外の猫とあって話をすることで克服(61巻では一時的に克服するが、この猫によって、ふたたびノイローゼに戻されている)、それ以降は騒動を見聞きすることによって克服している。
 環境が変わることによってノイローゼが治るということは、人間にも当てはまる。ただし、それは、部屋の模様替えをしてみるとか、引っ越しするとか、転職してみる...といったノイローゼの原因を取り去る意味での環境の変化だが、騒動による治癒は、環境が変わった状態が恒常的に保たれていない。基本的には旅行に行って克服したのと何ら変わらないのだ。したがって、これらは一時的に症状が全快しただけで、根本的な解決にはなっていない。

 もし、じゃりン子チエが今年も続いていたら、今春は何が原因でノイローゼになっていただろう。


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