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■竹本家の歴史 執筆:菊地馨
★神の領域
 登場人物の中で唯一、年齢がわかるのは、主人公チエ(11歳・11巻6話)とレイモンド飛田(45歳・12巻2話)、マサル(11歳・45巻10話)の3人だけである。
 ヒントらしきものを継ぎ合せていけば、テツや竹本菊、花井拳骨の正確な年齢もわかるのだが、この3人以外、いまもって、自らの口から年齢を語るものはいない。
 その理由は、西萩地区の住民は歳を取らないからだ。つまり、年齢は必要ないのだ。しかも、彼らは根本的に、その理由を知っているのだが誰も口を割ろうとはしない。年齢は外部の人間が侵してはならない「神の領域」になっているのだ。
 この領域を踏み込むことは、遺伝子を構成する4種類の塩基の組合せから、これからの人生や寿命を解読するのに等しく、あるいは地球を周回するハップル宇宙望遠鏡が地球から150億光年以上離れた宇宙の果てを見つけることに匹敵する。科学的に存在がわかっても、常識とか道理という定規では説明できない未知の空間に迷いこむことになる。
 唯一、西萩地区にある「神の領域」を垣間見た者がいる。それは、親の死後、西萩地区の住民になったアントニオ・ジュニアである。
 ある日、ジュニアは堅気屋を出た瞬間、拳骨と手をつないで歩いている孫のアキラを見てしまったのである。アキラは、時期的に言うと話の展開から18巻8~9話の中間で生まれている。
 アキラは19巻12話で初登場。朝子に抱かれ、テツに顔を見せにやってきた。この時点でアキラは自ら歩くことはできず、朝子の母乳を飲んでいることもわかっている。
 しかし2本足で、しっかりと大地を踏みしめていたのは、洒落ではないが明らかにアキラなのだ。ジュニアは、その事実を小鉄に見せるが小鉄は「あの子は周センセの子。つまり拳骨センセの孫やな」と血筋の話ではぐらかしていた。ジュニアはさらに「あの子がいきなり大きなった説明」を小鉄にもとめるが、小鉄は「あの子はちょっとずつ、大きなって立派に歩けるように」と説明するだけだった。
 アキラが、ちょっとずつ大きくなっているのは23巻7話の朝子の話から判断できる。しかし…である。納得しないジュニアはタブーとされる「神の領域」に及ぶ質問を小鉄に投げ掛けたのである。
「あの子が生まれる前に五年生やってたチエちゃんは(中略)今年の新学期も五年生やっとるんやないやろな」
 小鉄は一喝した。
「こらっ、お…おまえ、なんちゅう、おとろしいことを」
 突然、小鉄は「あ…そや、ワシ今日はどっか行こと思てたんや」と、話題を変えて、その場を逃げだしてしまった。逃げる小鉄にジュニアはさらに問いかけた。
「おまえ、今日は逃げれても、そのうちミツルの子供が出てきたりしたら、その時は、オレ、もぉ責任とれんど」
 小鉄は答える。
「これが現実なんや」と。
 ミツルの子供・正雄が生まれたのは8巻4~5話の中間。しかし、彼は一度も登場したことはない。

★竹本チエ落第説
 ジュニアは、前述の前にもタブーを侵し、それが元でノイローゼになったことがある。
「1+1=2とゆうような問題や。そやから、はぐらかさんと、はっきり答えよ。今日からチエちゃん春休みやわな。ほんなら春休みが終ると今度の新学期でチエちゃん何年生になるんや」
 この質問を聞いた小鉄は、チエの家のトタン屋根から滑り落ちそうになった。
「いや…それは、その、ちょっと問題が露骨に現実的で」と体勢を立て直そうとする小鉄の三日月傷が消えるほどの衝撃的な質問だった。(25巻3話)
 実はチエは落第しているのだ…と考えられる場面があるのである。
 チエの担任である花井渉は家庭訪問のとき「二十五年前の卒業アルバム」だといって、チエに「卒業アルバム 昭和二十九年」と表紙に書かれた、テツの卒業アルバムを見せている。(1巻11話) この年は昭和53(1978)年であることがわかる。
 これより6話前、大晦日の話が登場しているので、年が明けて、年号も1978年になったと考えられるので、チエが小学校5年生を謳歌したのは1977年4月から1978年3月であるということになる。
 ところが、家庭訪問から3話経つと、チエはテツと家出中のヨシ江と家族揃って金閣寺へ行くのだが、ヨシ江は、そのとき「今年は一九七九年」と言っている。(2巻2話)
 いつのまに1年が過ぎ去ったのだろう。
 その後もチエは小学校5年生をしているので落第したと考えられるのだ。
 1巻から現在までチエは永遠の小学校5年生をしているので「落第した」説はナンセンスだと考えるのは、ちょっと甘い。全巻の中で具体的に「今年」の年号がわかる場面は、この2か所しかないのだ。
 すなわち、西萩地区の住民が隠している「神の領域」は「主人公チエの落第」という事実だったと考えられる。
 その一方で「チエは落第していない」と矛盾なく説明できる仮説もある。
 花井渉が「26年前」というべきところを切りのいいところで「25年前」と言ったとすれば、チエが小学5年生を謳歌したのは、1978年4月から1979年3月までとなり、ヨシ江が言う「今年は一九七九年」も納得できるだろう。
 正直言って、チエが落第したとは学校生活から見ても考えられないのだ。ましてやチエはホルモン焼屋を経営しながらでも学校へは毎日通っている。
 学校を休んだのは16年間で、たった1日(31巻9話)しかなく、授業中、居眠りをすることも多々あるが、先生に見つかったのは、まだ1回(34巻7話)しかない。
 授業態度はどうであれ、小学校というところは成績よりも出席すれば、それだけで名誉なところがあるので、落第はないと考えられるのだ。
 こう考えた場合、チエの年齢が判明するのは夏休み3日目のことなので、チエは1978年の11年前に生まれたことがわかる。
 整理すると竹本チエは1967年生まれ。しかも誕生日は4~7月にあることもわかる。

★じゃりン子キク
 竹本家の歴史はテツの母親、チエの祖母である竹本菊から始まる。なぜなら、おジィはんは菊の養子なのだ。(26巻3話) それも大恋愛でおジィはんが仕方なく後継ぎのいない竹本家の養子になったのではなく、2人のなれそめは、お見合い結婚なのだ。(10巻11話)
 ちなみに、おジィはんのフルネームは未だ不明である。
 菊はチエと同じ西萩小学校に通っていることがわかっている。しかし、テツが戦前生まれという時系列から考えると、菊が小学生当時は「西萩尋常小学校」という名前だったはずだ。(9巻12話)
 菊の同級生だった咲村君代の証言によると、菊は、そのころから店を手伝っていたらしい。菊の両親もホルモン焼屋をしていたと考えられるので、チエの代まで数えると少なくとも親子4代でホルモン焼屋を営んでいる老舗ということになる。その後、店の屋号は「菊ちゃん」になり、テツが結婚してから「テッちゃん」に代わり、現在の「チエちゃん」に至っている。しかも、この建物は、菊が小学校の頃に手伝っていた頃と全く変わっていないことから、戦災に遭っていないこともわかる。(9巻10話)
 また、当時の菊の家庭環境がどうだったのかわからないが、菊が現在のチエの先駆的モデルであることは確かである。手伝いだけではなく、そのうち店の経営を任されるようになるのだが、菊は女だてらに店を切り盛りするにあたって、ある術を習得するのである。 チエに、そのアドバイスめいたことを言っている。(30巻11話)
「これからも店やっていくんでしたら、ちょっとのことでビビらん度胸つけとかな」
 菊は度胸をつけるために空手道場に通うのである。(28巻12話)
 菊はメキメキと上達、その道場では師範の次に強い地位まで伸し上がった。ただ、菊の場合は「寸止め」の稽古のとき、相手の体に触れないように技を決めなければならないのにも関わらず、突きや蹴りがまともに対戦者に決まり、練習生は「寸止め無用の菊ちゃん」と恐れ、次々と道場を辞めてしまったのである。
 おそらく、その頃、自分の強さに自信を深めた菊は、そのパワーを道場の外でもアピールするようになった。駅でヤクザを脅迫し、自分のことを「西萩小町」と呼ぶように強要するということをしていたのだ。店の切り盛りはチエの先駆となるものだったが、ヤクザを脅迫するという行為はテツの生き方に大きな影響を与えていることは、あえて書くまでもないだろう。菊のヤクザ狩りはテツの少年時代まで続いている。(11巻9話、14巻10話)
 当時通っていた空手道場の師範で、坂東妻三郎に似ていると噂される熊神源太郎も、源太郎の妻であり菊と共にその道場で稽古に励んでいた玉ちゃんによると、寸止め無用の菊に殺されたと言っている。
 その後、つまり現在。どういう経緯なのか明らかにされていないが、菊の家の近所にある空手道場では本人の許可もなく菊は「名誉師範」にされている。この空手道場の師範・伝さんは「菊ちゃんは心の師範なんや」と言っている。もしかすると伝さんは菊の強さに惚れていたのかも知れない。おジィはんと結婚していなかったら、今頃は伝さんと共に空手道場の師範として頑張っていただろう。(32巻5話)

★菊の恐いモノ
九月二十一日午前七時。突如として関西一帯を襲った未曾有の颱風は、本市一圓に多大の被害を加へ、時に高潮の襲來は一瞬にして、わが西大阪一帯を一大修羅場と化して了った。…
 これは大阪市が、今から約60年前の1935年5月に発行した『大阪市風水害誌』という分厚い本に載っている文章である。
「難攻不落、女双葉山」(10巻8話)と形容され、この世に恐いモノなしと言われる竹本菊を唯一恐がらせたモノについて大阪市が記録した文章なのだ。竹本菊をビビらせ、大阪市西部を「一大修羅場」にしたおとろしいヤツの名は「室戸台風」である。
 西萩地区に台風が接近したとき、チエが「ウチ台風なんかちょっともこわない」とバチ当たりな事を言った際、菊はこう証言している。
 「こわないて……室戸台風はちょっとこわかったでっせ」(37巻5話)
 室戸台風は1934年9月21日に高知県室戸岬に上陸後、大阪市に再上陸。いったんは日本海へ抜けるが、再び東北地方を横切る迷走台風だった。台風の規模はピーク時で911・9ヘクトパスカル、最大瞬間風速は60メートルに達した。台風のピーク時に上陸された四国、阪神間に多大な爪痕を残している。死者、不明者は全国で3066人。
 テツが生まれる7年前、当時「乙女」(28巻12話)だった菊には衝撃的な出来事だったに違いない。大阪市の被害は兵庫県に接している西淀川区が最悪であったが、西成区の被害も大きかった。死者16人(大阪府集計では17人)、流失4戸、全壊35戸、半壊182戸、床上浸水は2871戸に及んだ。
 特に床上浸水は西成区津守地区が最悪で、台風が過ぎ去ったあとも、高潮の影響で数日は水が引かなかったという。実在の西萩地区と津守地区は約1キロ程度離れているが、当時、菊の家は床下浸水程度の被害に見舞われていたかも知れない。
 そう思われるのは、菊は落雷で停電になるほどの雨が降り大雨警報が出ている中、わざわざ、チエの家を訪ねている場面。
「わたい、この雷雨の中、ズブ濡れになって、それでもこの家、沈没してないかどうか様子見に来ましたんやで」(62巻1話)
 大雨となると、今でも室戸台風の恐怖を思い出すのだろう。
 実は「室戸台風」はテツを出産後にも襲来している。テツが20歳の頃、1961年9月16日。台風18号は室戸岬から阪神地区を直撃。全国で死者202名、全壊1万3292棟の被害をもたらした。台風のコースが室戸台風に似ていることから気象庁は「第二室戸台風」と名付けている。中心気圧は930.9ヘクトパスカルと室戸台風には及ばないものの、最大瞬間風速84・5メートルという記録的な暴風を伴った。
 大阪市西成区の被害は9月16日午前8時現在で床上浸水723戸、床下浸水1058戸のみと記録されている。(大阪府発行『第二室戸台風災害誌』による)
 ちなみに、ジュニアが凧で空に飛び立ち、ヨシ江が台風対策でしくじったときに襲来した「台風18号」は、第二室戸台風がモデルだと思われる。(37巻6~8話)

★テツ出生の秘密
 恩師・花井拳骨から「悩み方知らん」(7巻7話)とまで言われているテツが、悩んだことがあった。しかも「人生に悩んでいる」というのだ(38巻1話)
悩みの種は「自分の年齢」だった。
 チエは「自分のトシも分からんのか」と突き放すように言うのだが、悩んでいるテツは「おまえが、いつまでも六年生やってるから」自分の歳が分からなくなったのだという。チエは「ウチ五年生や」と反論するが、それで驚いたテツは「いつから五年生や」とチエに聞き返した。チエに答えられるはずがない。それは「神の領域」なのだから…。
「神の領域」を侵してまで、手っ取りばやく、テツが自分の歳を思い出そうとするのなら、同級生のミツルに聞けば一発でわかる。しかし、これではテツはわかっても、私たちにはわからない。
 ところがテツも分かり、われわれもテツの年齢が分かる方法がある。テツの卒業アルバムを見ればいいのである。小学校を卒業した時点で12歳であるのは確実だから、それから26年を加算すればいい。ズバリ38歳なのだ。
 しかも、昭和16(1941)年生まれであることも判明する。
 テツの誕生日は不明だが、出生の秘密はテツを産んだ菊から、チエに語られている。
 菊は臨月になっても、つわりもなく、毎日家業であるホルモン焼屋を切り盛りしていた。当時は電気冷蔵庫ではなく、氷を買ってきて、それを冷媒にして冷やすというタイプの冷蔵庫だったため、菊は毎日、氷2貫目(6・5kg)を持ち運んでいた。そして、ある日、入口の椅子につまずき、転倒したのだ。
「きっと、あの時の氷がテツの頭に当たりましたんやな」(16巻3話)
 テツが石頭であり、頭の中が「腐った豆腐」である理由は、そこにあった。(21巻10話)
 テツが産まれてから親戚づきあいがなくなり(9巻3話)、それから「失敗や」と思い子供を、これ以上作ることはなかった。(9巻6話、10話)
 親戚づきあいがなくなっただけではなく、孫のチエからも「何が悪いゆうても、テツを生んだ人間が一番悪い」とまで言われている。(25巻3話)
 菊は、その言い訳をチエの前でしている。
「ただ、ちょっとした順番の差でしたんや。そぉ、思いまひょ。わたいがチエを産んで、それでチエがテツを産んでたら、また人生もどぉなっていたか」(36巻1話)
 この話を聞いていたチエが激怒したのは、書くまでもないだろう。
 テツが生まれた1941年といえば、12月8日に日本軍の真珠湾攻撃が発端で太平洋戦争が開戦した年である。すでに第二次世界大戦に参戦し、朝鮮半島や中国、東南アジアで紛争を巻きおこしていた日本が、国策で産めよ増やせよと、男子出産を奨励した時期でもある。菊も「男の子」が生まれて喜んでいた(9巻6話)というところからも、この当時の時代背景がわかる。この年に生まれた男子は116万5437人。戦前では最もたくさんの男子が生まれた年でもある。ちょうど、そのころ、おジィはんに召集礼状が届くが、おジィは兵役を免れている。
 菊曰く「赤紙見て気絶するような男、使いモンになりまへんやろ」(37巻2話)
 なお、菊がテツを出産したのは33歳(63巻2話)。このことから竹本菊は1908(明治41)年生まれで「現在」71歳であることがわかる。

★小学生・竹本テツ
 将来、テツの恩師になり、仲人にもなる拳骨は、当時どうだったのか。
 昭和8(1933)年に京都大学を首席で卒業している(4巻6話)。首席で卒業ということは、留年したとは考えにくい。また旧制中学の修業年限は5年だったことから、1933年2~3月現在24歳の可能性が高い。また、拳骨の誕生日は7月であることが判明(62巻3話)しているので1908年生まれであると推測される。
 したがって、チエが小学校5年生のころは、68~69歳であったこともわかる。
 拳骨は大学卒業後も大学に残り中国の詩人・李白の研究に没頭するが、その指揮を取っていた横縞厚岸教授が、拳骨の研究論文を、自分の論文だとして学会で発表。それに怒った拳骨は、横縞教授を素裸にして構内のポプラの木に縛りつけ大学を退職した。その後、定年まで西萩小学校の教師をつとめることになる。
 出版文化賞の受賞記念講演で、テツとチエを連れて大学へやってきたが、このとき「四十年ぶりや」と言っていることから、拳骨が大学を退職し、西萩小学校の教員となったのは1938年のことである。
 それから9年後、拳骨が36歳の春。運命の出会いが西萩小学校であった。テツが入学してくるのだ。
 おジィはんに連れられて、入学式にやってきたテツは、1年の担任になる拳骨にカエルをぶつけるというイタズラをしでかした。
「テツみたいな奴は、他にまかせられん」と小学校卒業まで、テツの担任になる。それどころかテツは一生を花井の監督下で過ごさなければならなくなるのだ。(9巻6話)
 さて、小学生時代のテツは、相も変らずゴンタだった。あまりにもゴンタすぎて、健康優良児で表彰されたこともある(7巻2話)。これはテツが個人でもらった唯一の賞である。そのくせ、水泳が苦手。拳骨と海に行ったとき、ボートで沖まで出て、テツは海に放りこまれたのだ。そのときの恐怖から、唯一の弱点である「カナヅチ」を一生、背負って生きなければならなくなった。(7巻8話)
 唯一といえば「珠算3級」の資格を持っている、テツにも店を継がそうと思ったのか、菊が無理強いしてテツにソロバンを習わせた(4巻9話)。いまでもチエが愛用している5ツ玉のソロバンを使いこなせる(21巻15話)。
 しかし学校の授業態度は不真面目で、テストの時は答案用紙に名前以外書かなかった。その他の文字は学校ではなく鑑別所で習ったと豪語している。(53巻2話、1巻2話)
 頭だけかと思えば、下半身のだらしなさも天下一品であった。といっても、女遊びをしていたわけではない。小学校高学年になっても寝小便をしていたのだ。拳骨に「小便小僧」と言われたときには1年ほどケンカが弱くなってしまった。(35巻1話)
 それに、変な癖もあった。道端でウンコをする癖があって、何度注意しても治らなかったのだが、ウンコの最中に犬に噛まれてからは、その癖が治る(8巻11話)。
 その教訓からか、チエにこんなことを教えていたことがあった。
「人間はションベンしている時が一番無防備なんやど。ヤクザとションベンするときは、一緒にやって、先に終るゆうのが鉄則なんや」

★無実の罪で鑑別所へ
 チエの家庭訪問の際、初めて、テツが鑑別所に収監されていたことを知らされたチエは「恥や…」と思っている。テツは「無実の罪で鑑別所に入ってたんじゃ」と言うが、果たしてそうだったのだろうか。(1巻11話)
 少年法3条1項には少年鑑別所に入れられる条件が書かれている。テツに関係がありそうな部分だけを拾い読みしてみると、
「罪を犯した少年」「十四歳に満たないで刑罰法令に触れる行為をした少年」…
神明神社の鐘を盗んでクズ屋へ売りにいった(4巻2話)。本を万引きした(16巻3話)。近所の子供をどついておもちゃを取り上げたり、万引きしたりした(28巻3話)。
「性格や環境に照して、将来罪を犯し又は刑罰法令に触れる行為をするおそれがある少年~保護者の正当な監督に服しない性癖」…
道端でウンコをする(8巻11話)。ヤクザとケンカ(14巻10話)。授業をさぼって映画を見に行き補導された(14巻7話)。学校の給食を盗んだ(14巻7話)。
 しかし、これだけの行為を犯しただけで鑑別所に即収容というわけではない。少年法6条は、前者の場合は家庭裁判所へ、後者の場合は警察官か保護者が児童相談所に通告し、強制的措置を必要な場合は家庭裁判所へ送致することとしている。
 ある日、テツとコケザルがカブをしながら、こんな会話をしている。

テツ「ワシには、ちゃんと切札があるんやど。そいつはガキを鑑別所に入れる名人やど。 そいつにかかったら、おまえなんか…」
コケザル「それ、オッさんを鑑別所にほり込んだ男か」
テツ「あかん……花井のこと思い出したとたんにこれ(インケツ)や」
(19巻12話)
 つまり、拳骨がテツを鑑別所に入れてしまったのだ。少年法の「保護者」の定義は「少年に対して法律上、監護教育の義務のある者及び少年を現に監護する者」(2条2項)となっているので、テツは犯罪を犯したというよりは「保護者の正当な監督に服しない性癖」が理由で鑑別所に入れられたと考えられる。テツが自分でも言っているとおり、手続上は「無実の罪」で鑑別所に入っていたことになる。竹本テツ小学校6年のことである。
 少年鑑別所とは、成年犯罪者の「拘置所」にあたる。家庭裁判所が「審判」を執り行なうまでの間、必要がある限り、家庭裁判所は少年鑑別所へ送致することができるのだ(17条)。しかし、収容期間は最長2週間以内。1回だけ裁判所の決定によって更新することができるが、収容期間は最長4週間を超えてはいけない(17条)としている。
「鑑別所」は裁判までの間、身柄を拘束するための施設であって、少年院とか教護院とは、また違う施設なのだ。
 鑑別所の所長だった釜地は定年後「ワシはテツの居た、あの黄金時代の思い出だけで生きとるようなもんじゃよ」(31巻11話)と豪語しているので、何年間も入っていたかのように思われるが、最長でも4週間しか鑑別所にいることはできないのだ。
 家庭裁判所の審判が始まると鑑別所を出ることになる。また裁判所で審判に付するのが相当でない場合、保護処分不要(つまり「無実」)の場合は、そのままシャバへ出ることができる。この審判で保護処分が決定した(つまり「有罪」)場合は、少年鑑別所から保護観察処分か、少年院、教護院へ身柄を移されることになる。

★鑑別所ライフ
捨丸、ハッタリ、チクワ、ジャガイモ、カキ揚げ、キンピラ、カニ、コロッケ、クモの巣、ハッタイ粉、ズンベラ、バルボン、鼻クソ、腸捻転、屁こき虫、ネジれキンタマ、ヨーデル、ジステンバー…。(7巻11話、12話、31巻7話、44巻3話)
 これらはテツが鑑別所に入ったときに付けた、所長や収容者のあだ名である。
 このあだ名からも分かるおり「無実の罪」で大和鑑別所へ移されても、鑑別所ライフをエンジョイしていたのだ。(7巻12話)
 テツが鑑別所にいた約1ヵ月(少年法から算出した推定収監期間)は所長が「黄金時代」というほど、とにかく、つぎつぎと騒動を巻きおこした。嵐を呼ぶ収監者であった。
 初日にいきなり「捨丸」こと鑑別所長をどつき(12巻4話)、ほかの収監者をどつき(44巻3話)、これだけでは飽き足らず、交歓会でガラの悪い飛鳥鑑別所の収監者をどついたり、鑑別所職員との野球大会では職員全員にデッドボールを食らわせたり(7巻12話)、挙げ句の果ては牢名主よろしく鑑別所の布団を独り占めにして寝ていたり(16巻4話)…とにかく、鑑別所の中では外にいたときよりも無茶をしているのである。
 そうかと思えば、鑑別所を脱走したこともあるのだ。(4巻2話)
 数ある武勇伝の中でもテツの鑑別所時代最大の事件は、所長の管理責任まで問われた「回虫事件」である。
 班のメンバーに炊事場の冷蔵庫から豚肉を、鑑別所の外へ出て菜っ葉を盗みだせと命令。これらの材料ですき焼きパーティーをするが、真夜中のため、みんなが何を食べているのかわからないことをいいことに、自分だけ肉を食べ、ほかのメンバーには菜っ葉ばかりを食べさせていた。生煮えだったのか、テツはサナダ虫、ほかのメンバーには回虫が涌いてしまったのである。この事件は外部に漏れたのか、食堂の衛生管理が悪いと非難され、所長が辞表を出しかけるというところまでいった大事件に発展した。(16巻8話)
 鑑別所を出て大人になっても、所長や竹本班のメンバーを集めて同窓会を開いたりしているので、所長にとっても、テツにとっても「黄金時代」だったのかも知れない。
 推定4週間の収容期間が終わると、裁判所の判決にあたる「決定」を仰がなければならない。つまり、否応なく鑑別所を出なければならないのだ。
 このあたりは全く触れられていないが、その後から現在までの拳骨とテツの関係を見ると、何となく、この時の家裁の決定が推測できるのである。
 それは「保護観察処分」である。シャバに出ることはできるが無罪放免というものではない。普通の家庭生活を送りながら保護司の監督下に置かれるのである。
 ただし、テツの場合は鑑別所を一度脱走しているので「最高7日間の収容一時継続」のオマケがついていただろう。少年法26条の二は必要と認めるときは7日間を超えない範囲で引き続き収容することができる…としている。
 なぜ、このような結論を導きだしたかというと、小学校を卒業したあともテツは花井家の管理下に置かれていたからである。中学の頃、修学旅行の旅費をくすねて、修学旅行先の東京へは行かず、拳骨の家に隠れていたという事実から明らかである。(6巻6話)

★拳骨の妻保護司説
 小学校六年生だったテツ。小学校を卒業し中学に上がれば、自分を鑑別所に放りこんだ憎き担任教師と、おさらばできる…と、鑑別所生活の中で考えていただろう。むしろ、鑑別所に入ってからは、拳骨の管理下に置かれていなかったため、人生の「黄金時代」を謳歌していただろう。
 推定の域を出ないが、テツは少年院にも教護院にも送られていないようなので、消去法で考えても「保護観察処分」の決定が妥当だと思われる。
 家庭裁判所の決定に不服があるときは、テツの場合、釜地捨丸・大和少年鑑別所長を通して抗告申立をできる(少年審判規則44条)。勝つまでやめない性格のテツなら事実上インケツの決定を受けたことから「イカサマやー」とわめき散らして、所長に「もぉいっぺん、やらしてくれ」と頼んだかも知れない。結局、却下されたと思われる。
 実はテツの鑑別所ライフの検証を進めるにあたって、その後のテツの生き方を左右する人物が浮かび上がってきた。
 それは拳骨の妻である。鑑別所へミツルを連れて面会に来ていたのだ。(14巻11話)
 拳骨は今のところ面会に行ったという事実はないが、毎日のように手紙を鑑別所のテツに送っていた。内容は「よく考えろ、どおしておまえは、こんなにおいしいツリガネまんじゅうを食べれないのだ。おまえが家にいてたらワシといっしょに、このツリガネまんじゅうが食べれたんだぞ。(中略)テツ早く帰ってこい」というようなもの。(17巻3話) 最初のうちはホームシックにかかって読んでいたのかもしれないが、毎日読むうちに「こんな、イヤミ書きやがって。何が早く帰ってこいじゃ。ワシを鑑別所にほりこんだんは、おまえやないか」と思っていただろう。そのうち読まなくなってしまった。逆に、この手紙が鑑別所脱走を決意させてしまったのかも知れない。
 保護観察処分は保護司の監督下におかれると書いたが、花井の妻こそ保護司の資格を持っていたとも推測できる。そして、テツの更生を助けたとも考えられるのだ。
 なぜなら、花井の妻が死ぬ間際、拳骨に「テツをどつかないで」という遺言を残しているからだ。(14巻10話)
 花井の妻がテツの思い出の中に登場するのは鑑別所入所からヨシ江との結婚までの期間までである。テツが鑑別所入所以前の話題で花井の妻は登場したことがない。
 テツは生前の花井の妻に全幅の信頼を寄せていた。ヨシ江との交際中でも拳骨がいないときは、拳骨の家に通っていたのだ(14巻11話)。
 旅費をくすねて、中学の修学旅行へ行かなかったテツは、わざわざ花井家にかくまってもらうのだが、恨みを持っている拳骨がいる家にわざわざかくまってもらう必要はない。それでも花井家に来たということは、花井の妻が拳骨からテツを守っていたと推測できるのだ。保護司が犯罪者をかくまうとは…と思うかも知れないが、テツがあんな性格になったのは、拳骨の暴力も原因の一つだと、当時の拳骨の妻は考えていたに違いない。それはチエの「何十年も(菊がテツを)張っ飛ばし続けて、何の効き目もなかったやん」発言にも裏打ちされる。(25巻7話)
 テツは花井の妻の12回忌の法事で、仏前に、こんな報告をしている。
「あのアホ(拳骨)、オバはんが死ぬ前より、よっぽどワシ、どついとるんやど~」

★ストッパー花井拳骨
 テツが中学の頃、あるいは中学を卒業して間もない頃、テツはヨシ江と運命の出会いをする。もちろん、ここでも花井拳骨が関わっていることは書くまでもない。テツとヨシ江の馴れ初めは後に詳しく取り上げたい。
 中学卒業後もテツは拳骨の呪縛にとらわれたままだった。そのため、テツは今でも「正直ゆうて、いつもセンセのこと不幸になったらええと思てる」そうだ。(11巻1話)
 しかも「おまえさえ、居れへんかったら、ワシもっとシヤワセになれるんじゃ」と拳骨の前で言っている。この前の会話で、拳骨は「そぉ、怒るなテツ、友達やないか」と言っており、テツとは友達という感覚でいるようだ。(14巻8話)
 この拳骨のテツとの奇っ怪な関係はヤクザにも知れわたっている。
 刑務所を出たばかりのレイモンド飛田が、百合根に拳骨を紹介してくれと頼んだことがある。会ったこともないのに、拳骨はインテリなので「ワシ、話合うからな」とまで言っている。(6巻6話)
 その後、レイモンド飛田は市会議員選挙立候補やステーキハウス開店の際にも拳骨のところへ挨拶に言っている。(12巻1話、55巻4話)
 だが、レイモンド飛田が勝手に拳骨に近づいているだけで、拳骨は飛田のことを「テツとよぉモメてるシルクハット」とか「バカ者」としか思っていない。(19巻)
 拳骨とは付き合いたくないのに、拳骨の方からテツに近づいてきている関係を考えれば、拳骨と飛田の関係はテツと対極にあるといってよい。
 ヤクザが「マジメなヤクザを生きるために絶対かかわりを持ってはいけないテツの地獄の周辺交遊図」というチラシを作ったとき、花井拳骨について、こう書かれてあった。
「(テツの恩師)今もってテツと得体の知れぬ交流を続ける奇人。テツを社会的制裁から守る陰の黒幕か」(21巻11話)
 事実、テツを社会的制裁から救おうとしたことがある。レイモンド飛田が市会議員選挙に立候補したとき「テツが候補者をどついたりしたら、ちょっと騒動になるなるからな。その前にワシ、テツをつかまえたとったろか思て」とチエの家に来たことがある。
 テツが候補者をどついた場合、公職選挙法225条に抵触し「四年以下の懲役若しくは禁錮又は三十万円以下の罰金」という罰を受ける可能性がある。ちなみに禁錮とは、懲役と違い、刑務所の中で働いてもいけないという意味なので、テツなら禁錮刑判決が出ると喜んだかも知れない。(12巻3話)
 しかし、花井が来る前に菊が店の前で選挙運動をしていた飛田を監禁し、暴行を加えている。結局、飛田は落選するのだが、飛田が「うんこババァ」と嫌う菊を告訴すれば、菊を刑務所送りにするチャンスがあったのだ(12巻2話)。その行為がいいのか悪いのかは別として、飛田は拳骨が言うとおり「バカ者」だったかも知れない。
 飛田のことはさておき、拳骨は自分で、いつまでもテツと関わっていることについて、テツに、こう言っている。
「おまえ、ストッパーのワシが居らんと地獄に落ちるよ」(14巻8話)
 テツを普段はどついてストレス解消をしている拳骨も、その代償を、ちゃんとテツに支払っていたのである。

★陰の要としての拳骨
 花井拳骨について、小鉄は「チエちゃん一家の陰の要」(27巻9話)と評しているだけあって、拳骨はテツだけではなく、家族も社会的制裁から守っている。
 たとえば、娘のチエが父親テツを下駄で張り飛ばしたとき、拳骨は、それを笑いながら見ているだけだった。元教師なら、これを「家庭内暴力」として深刻にとらえるだろうが、そこを笑って済ますところに、花井の破天荒な教育哲学が見え隠れしている。
 しかしタイミング悪くチエの担任渉が帰宅。その瞬間を担任に見られてしまったのだ。 チエは「センセ、きっと明日からウチのこと、不良少女を見る目や」と落ち込むが、以後、そんな様子は一向にない。
 なぜなら、拳骨は渉の目の前でチエに酒を呑ませたことがある。それを止めようとした渉を拳骨は「おまえみたいな教科書どおりの教育で、この異常な一家が救えるのか」と怒鳴り散らしていたからだ。(1巻11話)
 拳骨は大阪市教育委員会に何らかの権力を持っていて、圧力をかけ、渉を西萩小学校に着任させ、チエの担任にさせたという線も考えられる。何も事情を知らない教師が担任だと、テツやマサルに暴力をふるうチエは、テツと同じ轍を踏んでいたかも知れないからだ。息子を担任にさせたことで竹本家を教育的制裁からも救える体制を整えたとも思えるのだ。遠回しにこの説を考えれば、チエにホルモン屋をさせて、テツを食いはぐれないようにさせているとも考えられる。
 その一方でテツの無茶からテツの友人を救う立場も取っている。
 拳骨と百合根の関係は地味ながら親密である。テツの日常生活は百合根を通して常に拳骨の耳に入る。
 例えば、拳骨はテツに「まだ、お好み焼屋に泊まっとるのか」と尋ねると、テツは「なんでそんなこと知ってますねん」と答えている。また、百合根は「花井センセからも、当分、テツ、好きにさせといてくれって、いわれてるから」とヨシ江に報告している(2巻9話)。さらにテツが堅気屋でタダ食いしていることが花井にばれた時に「たまには手伝うても、ええやろ」と拳骨の監視の下、お好み焼にいれる山芋をすりおろすという労役を強いられていた。仕事をしながら、テツは「だ…だれが、そんなこと、いったの」と百合根を睨み、百合根も汗を垂らしながら「ワシ知らん」ととぼけていた。(9巻5話)
 テツからカルメラ兄弟を守るためにも、テツへ圧力をかけたこともある。拳骨はテツとヨシ江を、かつてのデートスポット「防空壕」へ連れてきた。偶然にもカルメラ兄弟と出くわし、同席するようにカルメラ兄弟に勧めた。そこで拳骨はテツとヨシ江の前で、カルメラ兄弟にテツとヨシ江の馴れ初めを暴露してしまったのだ。なぜ、こんな話を拳骨がカルメラ兄弟にしたのかというと、百合根が拳骨に「カルメラが女性とつき合うてるようやから、テツに邪魔されん、ええ手はないかと」相談を持ちかけたからだ。
 その後のテツは神経衰弱で倒れ、当時お互いにデートをしていたカルメラ兄弟もテツに恋路を邪魔されずに、結婚までこぎつけた。2組のカップルの結婚後の新居は、拳骨の家の裏にある「大福マンション」。カルメラ兄弟は、テツよりも先に花井家へ結婚の報告に訪れている。拳骨もカルメラ兄弟を結婚のことで「テツに聞かれる前にワシにゆうといたら、ワシからテツに」とカルメラ兄弟をお茶に誘っている。(52巻1話、2話、60巻5話)

★ミツルが警官になった理由
 竹本家を社会的制裁から救っているといえば、テツの幼なじみでもあり、母が菊と同級生であるという関係がある丸山ミツルの存在である。
 ヤクザからも「西萩派出所勤務の悪徳ポリ公。テツの幼なじみとゆうだけで、その全てが理解できよう」と言われるぐらい、現在のテツを社会的制裁から救っているのである。 例えば、チエに地獄組で開帳されたカブ大会に参加したテツに、地獄組の家宅捜索や周辺の警備の布陣といった情報を洩らしたり、菊が交番で刑事をどついた時も、もみ消している。(5巻5話、6話、17巻5話)
 犯罪とは言えないが、チエがコケザルが吸っていたタバコを取り上げた瞬間に、制服姿のミツルがやってきた。チエが持っていたタバコを見て「チエちゃん、それなんや? まぁええ、今日は見んかったことにするから」と疑ったこともある。(3巻2話)
 かたや竹本家の一員が、自分でも犯罪を認識している場合は、知り合いとはいえ、なるべくミツルに見つからないようにしている。
 例えば菊がチエを自転車に乗せて二人乗りしていたときは、私服のミツルを見つけて、逃げようとしたことがある。
 このとき、菊は、こう言い訳している。
「いえ…逃げるつもりやなかったんですけど、悪いことしてる時はミツルはんと思う前に警官と思てしまうんですな」(11巻10話)
 これとは別に、テツの犯罪行為で被害者が出た場合や、ほかの警官に見つかった場合などは、一時的にテツを拘留することがあるがミツルが処分保留にしてしまうようだ。
 このような行為が飛田やカルメラ兄弟から「エコひいき」と言われる原因でもある。(1巻2話、13巻3話、11巻4話)
 ミツルは修学旅行の万引きをはじめ、テツと一緒に給食の盗み食い、本屋で万引き、テツの命令で交番に花火を投げたり…枚挙にいとまがないほど、テツとゴンタをした仲である(3巻3話、14巻7話、16巻3話、52巻3話)。しかし、テツのように鑑別所へはいかなかった。なぜなら、テツの子分という立場にあったからだ。例えばヤクザとどつきあいをしたときは見張り役をしていたり、テツとヨシ江のデートに無理矢理、つき合わされたり…と散々な少年時代を過ごしていた。鑑別所へは行かなかったが、おかげで婚期が遅れてしまった。(23巻6話、52巻3話)
「ポストテッちゃん」といわれ、西萩地区をテツとブイブイいわしていた頃は、ナンパにも精を出していたが風呂屋のヒナちゃん、ヨシ江、アケミ…と手を出すがことごとく振られてしまった。(11巻3話、36巻2話)
 何を思ったのか、ナンパに失敗しつづけた反動が、彼を警察官に走らせたようなのだ。 そのとき、ミツルも過去を振り返ったのだろうか。どうせ、テツに絡まれる人生なら、一緒に地獄へ行くような目にだけは遭いたくない…という決意があったのだろう。テツを地獄へ落とさなければ、自分も地獄に落ちなくて済む…と考えた結果、テツを合法的に取り締まれる警察官に転身したのだろう。(28巻7話)
 その後、婦警だったノブ子と婚約するが、ミツルの母タカの頼みで、テツ夫婦の仲人による結婚式を挙げることになった。

★ミツルの存在
 鑑別所経験もあるテツ。鑑別所を出てからテツは改心したのだろうか?
 その答えは「ノー」。微罪とはいえ、バクチは刑法185条、神社の鐘や高校のブラスバンド部の楽器などを盗んだ場合は刑法235条に触れる。(1巻1話、4巻2話、13巻5話)
 大人になってからは、ミツルが警官としてテツを法的制裁から保護している関係もあって犯罪性の疑いがある行為でも、ミツルがもみ消していることが多い。
 そのため、ヤクザからは「悪徳ポリ公」とまで言われている。(21巻11話)
 テツが直接関与していなくても、テツが事件に絡んできそうなものまで、もみ消している。たとえば自分がヤクザに殴打され、証拠写真まであるにも関わらず、犯人は警官を殴打するつもりではなく、テツを殴打するつもりだったことがわかり、犯人が発見されても結果的には無罪放免にしている。(59巻7話、11話)
 その見返りとして、テツのおかげで犯人検挙率も高い。元遊興倶楽部4人組(暴行、器物損壊、恐喝未遂、1巻8話)、天野勘九郎(ユスリの常習犯、3巻2話)、カルメラ亭工事代金スリ犯人(この犯人グループが関与するテツとの決闘事件は主犯が処分保留で釈放。24巻6話)、濡れネズミイカサマ骨董屋事件(窃盗、器物損壊、24巻11話)など、おまけとして公務執行妨害現行犯のカルメラ兄弟逮捕(11巻1話)や部下の北山が検挙した空き巣の常習犯(54巻7話)もある。
 犯罪性はあるが逮捕ではなく身柄確保程度で終わっているものも多く、その傾向として鉄板男やミスターマウイのようにテツを半殺しにする目的がある場合に逮捕をまぬがれるケースが多い。彼らが実行直前に自滅することが多いので実行犯にはならないからだろう。
 検挙率の高さもさることながら、地獄組の一斉検挙の功績でミツルは「所長」に出世している。実際は逃走するテツにノバされ、地獄組に突入した警官隊の中で一番最初に気絶している。まさにタナボタの出世である。
 しかし警察官の階級で派出所の所長というポストはない。慣例的にはあるかも知れないが階級ではない。おそらく、昇進試験なしで勤務評定だけで昇給される「巡査長」に昇進したと考えられる。ちなみに警察官階級に「巡査長」というポストもないので法的にはヒラの巡査と変わらない(5巻10話)。
 それでも本署の幹部からラグビーに誘われたりしているので、テツに邪魔されながらも地道に昇進試験の勉強をして巡査部長に昇進しているかも知れない。(11巻2話)
 交番勤務では最高の階級である。
 いくら交番勤務でも、何年も同じ交番で勤務するということはない。税務署のように定期的な異動はないにしろ、地元の犯罪組織との癒着を防ぐため多少の入れ替えがあるはずなのだ。その証拠にミツルの部下は何度か変わっている。この交番を統括する「本署」の方針なのだろうか、ミツルは西萩地区専従の警官に抜擢されているとしか思えない。
 地元出身で地域にも詳しく、しかもテツがらみで特殊な犯罪が多発するため、普通の警官では勤まらないのだろう。
 ところで1994年に警察官の制服や派出所の名称などが全国的に変更された。交番も新築された(63巻10話)が、名称は「西萩派出所」のまま。制服も以前のままである。特に大きく変わった夏服は、従前の省エネルックみたいな制服を未だに着ている。ミツルの異動がないのも、西萩地区の時間は進んでいないからだろう。

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