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■百合根光三の秘密 執筆:伊藤顕
★光三と耕三
 普段は「アホなお人好し」とか「おもしろい人」などといわれている、お好み焼き屋「かたぎや」主人百合根だが、この人には多くの秘密がある。
 百合根の実家が高級旅館だということは周知の事実であるが、この旅館の主人であった百合根の父・耕太郎の死後、百合根の身辺にある変化が現れているのをご存じだろうか。(21巻182頁、12巻126頁、50巻150頁)
 これまで「光三」と名乗っていた百合根が、父の死後から一転して「耕三」と名乗るようになったのだ。これはいったい、どういうことなのだろう。
 百合根は父親のことを「出来の悪い」「デタラメな」オヤジといい、決してよく思っていなかった。そのため自分の名前に父親と同じ「耕」の字があることがイヤだったのだろう。そこで百合根はその「耕」の字を「光」に変えたのである。(18巻163頁、57巻23頁、60巻58頁・74頁、50巻148頁・196頁)
 要するに百合根の本名は「百合根耕三」だったのである。
 百合根の別れた妻の名前は「ミツ子」であるが、もしかしたらミツ子は「光子」であり、そこから「光」の字をもらったとも考えられる。百合根は離婚成立後(=13巻2~3話=この時ミツ子は百合根に離婚の同意とハンをもらいにきたのだと思われる。訴訟を起こした形跡は見られないので百合根も渋々ながら同意したのだろう)も「光」の字を使い続けていたが、これはまだ百合根に未練があったからではないかと思われる。寝言で「どや一緒にやり直そか」などと言っていることからも、それがうかがえる。(40巻185頁)
 そのようなことがあって、父親と和解後、別れた妻への未練を断ち切るためもあってか、本来の名前である「耕三」を名乗ることになったようだ。
 ところで「三」という字の意味がいまいちわからない。百合根は三男なのだというのが一般的な考え方であるが、百合根の母が百合根の小さい頃に「この旅館は光三がしっかりとやるのですよ」と言っていたことから、この当時、既に百合根が嫡子(ちゃくし)だったようだ。兄たちは夭折(ようせつ)したとも考えられるが百合根の腹違いの弟に「余三郎」がおり、百合根がもし三男だとすると話がおかしくなるので、百合根は三男というわけではなく、この「三」という文字には、何かいわれがあるのだと思われる。(50巻202頁、50巻194頁)
★遊興倶楽部の前にしていた「堅気屋」の謎
 百合根はお好み焼き屋をする前、博打屋「遊興倶楽部」の社長をしていたことも、この世界では周知の事実である。
 しかし、百合根が博打屋を始めたのは、妻と息子が蒸発した後「アントニオ」と出会って2、3か月してからのことであり、それ以前は何かをやっていたは、わかっていない。
 わかっていることは、遊興倶楽部を始めるときには既に「堅気屋」の看板が存在していたと言うことだけである。(1巻14頁、番外14巻)
 百合根は父の元を去った後、お丸に持たされた横山大観の絵を売って現在の家を手に入れたようだ。思わぬ値で絵が売れたことで手に入れた高額の現金で、まさに「人生狂た」ようである。
 遊び人の父を見限って家を出た百合根であるが、チエが「現ナマつかんだら人間が変わる」というように、まあ、元々素質はあったのだろうが、父と同じ遊び人になってしまった。
 そのことを反省した時期があったのだろうか。「二度とヤクザなことには手を染めん」ために堅気屋という店を始めた。(50巻198頁、200頁、21巻133頁、25巻110頁)
 その店が何を商う店であったか、連載終了のため知る由もないが、百合根が「ヤクザくずれのお好み焼きやのくせに変に衣装持ちのとこ」があるのは、その商売に関係があるのかも知れない。
 その一方で「長いこと極道やっていた」と百合根が自分で言っているように、その商売がやくざな商売だったのか、それとも商売は長いこと続かずに、元の遊び人に戻ってしまったのかはわからないが、どちらにしても、ろくな事はやっていなかったように思える。(21巻132頁、1巻177頁)
 百合根は自分の人生を「ワシ…何かもぉ、テンカウント聞いたような気がするなあ」と評している。(5巻253巻)
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