今明かされる「ばくだん」の真実

テツのひげ

【目次】

※本稿で原料などの価格が記載されていますが、本稿発表の2002年当時の価格です。

「カストリ」と「バクダン」

戦後の酒不足の時代、日本の各地で甘藷(かんしょ=サツマイモ)や雑穀を使った密造焼酎がつくられ、これがヤミ市の飲み屋で売られ「カストリ」の名で庶民に愛されました。カストリと言う名は戦後の混乱期の大衆のたくましい生き様を表現する格好の言葉となって流行しました。

問題は「バクダン」です。石油資源に乏しい我が国では、国策として甘藷づくりが推進され、この甘藷を原料として、各地の拠点の国営アルコール工場でアルコールがつくられました。飲むためのものではなく、石油に変わる燃料とするためでした。このアルコールはほぼ100%のエタノールであると考えられ、水で薄めるとお酒として飲めるので、酒税がもの凄く高くついてしまいます。そこで、メチルアルコール(慣用名:メタノール、強い毒性を持つ)を加えて飲めないようにし、高い税金を取られないようにしました。更に合成着色料でピンクに染められました。このピンク色は「飲むと死ぬ、目がつぶれる」と言う赤信号でした。この燃料にしか使えない工業用アルコールが、戦後の混乱期に横流しされて「バクダン」になったのです。

「バクダン」は甘藷が原料ですが、「カストリ焼酎」とは別次元のものです。お酒というよりは、むしろエタノールです。着色料のピンク色は木炭の粉を入れると吸着され無色になりますが、メチルアルコールの方はそうはいきません。脱色された工業用アルコールを加熱しますと、メチルアルコールの方はエチルアルコール(慣用名:エタノール)より、少し揮発性(メタノールの沸点64.6℃、エタノールの沸点78.3℃)なので、早く蒸気化します。この沸点の差を利用した方法で、メチルアルコールのほとんどは取り除かれました。この方法を全くやってないもの、やり方がうまく行かなかったものが粗悪な密造酒であり、この密造酒が人を殺したり、眼を潰したりしたものと考えられます。

「ばくだん」の正体

物資の供給が途絶えた闇市時代に飲まざるを得なかったのが「カストリ焼酎」、食べ物では「ホルモン」であったらしいです。それらは、それまで貧しい人が飲み喰らう物と思われていた品々だということです。

では、「バクダン」は何処にいってしまったのだろうか。「バクダン」は、製造の許可なんておりたのだろうか。そんなものを扱っていたら、営業停止になるなのではないのだろうか。それに、時代背景において、最初にチエちゃんが登場したのは、1978年(僕が一歳の頃)なので、その頃が果たして戦後間もない混乱の時代であったと言えるのでしょうか。

まず、値段を比較するために、81年版のアニメの第8話に出てきた「浪花盛」という一級酒を考察します。このお酒は、ネット販売で720mlの商品が1,475円(同じ銘柄でもいろんな種類のお酒があります)でした。チエちゃんの店ではいつもコップになみなみとお酒をついでいるので、コップ一杯当たり、約200mlのお酒が消費されているものと思われます。お酒の値段は原価の約2倍(勝手な予想)と考えられるので、単純計算でコップ一杯800円くらいだと考えられます。

高粱酒(コウリャン酒)のことを通称「ばくだん」というそうです。ネット販売では、日本人向けに造ったもの(アルコール度数44度)が、1.8リットルで2,725円でした。コップ一杯当たりの値段を同様に計算すると、600円くらいになります。高粱酒は中国酒の中で一番強いお酒らしいです。普通のお店では、グラス一杯(約100mlだと思われる)を400円で提供しているみたいです。しかし、一級酒よりは安いが、まだ安さが足りないように思えました。

当時、甘藷を原料とした工業用アルコール(メタノールを後から加えている)から「バクダン」を造っていましたが、メタノールを入れる工程を省いたものはもう存在しないのだろうか。それに近いもので「ばくだん」と名のつくお酒はないのだろうか……。探したらありました。その名も「爆弾ハナタレ」。しかも、本格焼酎の最高45度。しかし、お店で注文すると値段がグラス1,000円。これは、チエちゃんの安いと言われている「ばくだん」とは明らかに違いますよね。

ではカストリ焼酎はどうか。ネット販売で720ml(アルコール度数25度)が720円でした。チエちゃんの店で出すとしたら、コップ一杯400円くらいになるでしょうか。説明書きには「戦中戦後物資の無い当時、粗悪品はメチルアルコールが出たりして失明者が出たり、時には死者も出たりしたそうです。」とありましたが、多分その解釈は間違っています。それは「バクダン」のことであり「カストリ焼酎」とは違うものですから。

何が正しいのかはっきりとした答えは出ませんでした。自分なりに考えて、もっとも可能性が高いと思われるのは、戦後の闇市の象徴であった「カストリ焼酎」と「ホルモン」を売っているお店を描きたかったが、「バクダン」を「カストリ焼酎」の仲間だと勘違いしてメニューに取り入れてしまったことが原因ではないかと思われます。ですから、私の結論としてチエちゃんの売っている「ばくだん」は、昔の「バクダン」を想定して描かれたものだが、チエちゃんの時代(1978年?)にはとっくに存在していなかったものであると考察しました。もしかしたら、敢えて既に存在しないお酒を選んだのかもしれません。

現在「ばくだん」を作るとしたら(絶対つくらないでね)

「ばくだん」に使われていると思われるアルコールは、メタ変性エタノール(エタノール約90%、メタノール約10%)だと思われます。値段は500mlで800円くらいです。エタノールは500mlで1,550円くらい(酒税が上乗せされてしまう)であり、メタノールは500mlで600円くらいですから、メタ変性アルコールはかなりお得だと考えられます。燃料用アルコールは、メタノールが30%~40%含まれており「ばくだん」に使われたアルコールとは考えにくいです。

このメタ変性アルコールからメタノールを取り除き、水で薄めて1リットルにすると、800円くらいで、1リットルの「ばくだん」(アルコール度数45度)が出来ます。これをチエちゃんの店で売るとすると、コップ一杯320円くらいになる予想です。

なお、「ばくだん」は何も味がしないと考えられるので砂糖なんかで多少味付けしていると考えられます。メタノールは30mlくらい飲むと死んでしまうので、同様の方法で実験することは絶対にしないで下さい。

「メタノール」の毒性の根源

メタノールは酸化されるとホルムアルデヒドになり、さらに酸化されるとそれ以上体内では分解されない蟻酸(ギサンと読む。「アリさん」とは読みません。ミツバチの毒と同じです)になります。この蟻酸が危険なのです。ついでに説明すると、通常のお酒にはメタノールではなくエタノールが入っています。エタノールは酸化されるとアセトアルデヒドに変化し、さらに酸化されると酢酸になります。よってエタノールは、体内に取り入れても問題ありません。長期間保存しておいたお酒の臭いがすっぱくなっていたら、多分酸化反応が自然に起こってしまったものと考えられます(ウチの研究室にあるお酒はすっぱい臭いのものがたくさんあります)。しかし、エタノールは血液中に大量に蓄積すると頭痛、嘔吐などの症状が出るので注意が必要です。

お酒の成分であるエタノールは、通常ジャガイモやサツマイモのデンプンを発酵させるとできます。安いお酒によく使われる、「醸造用アルコール」(自分の予想:エタノール99.5%)は、サトウキビから砂糖を造る課程でできる廃液、廃糖蜜からつくられるもので、原料が原料なだけに徹底蒸留・精製して製造されています。なお、普通の人が「醸造用アルコール」を入手することは出来ません。

市販のエタノールは、石油からえられるエチレンからの合成法により作られています。市販のエタノール(微量成分に何が入っているか分からない)を使って個人レベルでお酒を作ろうとすることは、大変危険なので絶対にしないで下さい。当たり前のことですが、エタノール(99.5%)を飲むことは、世界中のどのお酒よりも強いお酒を飲むことと同じなので、非常に危険です。以前大学の実験室でエタノール(工業用の99.5%)を飲んでみた学生がいたのですが、泡をふいて倒れて病院送りとなりました。くれぐれも興味本位で試さないようにお願いします。参考までに、メタノールの工業的製法では、主に天然ガス(石油に代わる次世代のエネルギー資源と言われている)から得られる合成ガスが原料に用いられます。

「醸造用アルコール」とは

「醸造用アルコール」は一般に手に入らないものだけあって、謎が多いです。多分その価格を知っている人は、ほとんどいないものと思われます。自分の研究室のカタログにも、「発酵」でつくられたエタノールの商品はありましたが、値段は書いてありませんでした。多分、酒税は普通にかかると思うので、普通のエタノール(99.5%)の値段(3リットルで8,000円)とほぼ同じだと予想しています。

酒屋やディスカウントショップでは、1.8リットルが550円~1,800円くらいで、紙パックや一升瓶などで売られ、飲食店では二合400円から600円ぐらいで売られている日本酒があります。これは、価格を下げるために一つの原酒を水で薄め、アルコール度数が下ったのを補うのに醸造用アルコールを添加して増量し(一升瓶当たり約60%以下)、甘味も酸味もなくなるので糖類と酸味料を添加するという、全くの合成酒であります。この方法を使うと、1.8リットル2,000円の日本酒(アルコール度数15度)は、1,200円くらいになる予想です。

「醸造用アルコール」には悪いイメージしかないかもしれませんが、もろみに醸造用アルコールを適量添加すると、香りが高く「スッキリした味」となります。さらに、醸造用アルコールの添加には、清酒の香味を劣化させる乳酸菌(火落菌)の増殖を防止するという効果もあります。

吟醸酒や本醸造酒にも、醸造用アルコールが使用されるのはこのためです。(この場合、白米の重量の10%以下という決まりがあります)。なお、醸造用アルコールを使用していない日本酒には「純米」という言葉がついています。(純米大吟醸酒、特別純米酒など)。

清酒とは?

チエちゃんの店の表に「ばくだん」と並んで書いてあるのが「清酒」である。この清酒ってどんなお酒を指しているのか。常識かもしれないですけど、書かせて下さい(自分は知らなかった)。清酒の主原料は米、米麹(こめこうじ)、水です。米麹とは、蒸米に麹菌を生やしたものですから、清酒は簡単に言うと米と水から製造されます。それって日本酒ではないのかと思うかもしれませんが、その通りです。清酒は日本酒のことです。

二級酒とは?

1989年に特級が廃止され、1992年の4月からそれまであった酒の等級ランク付けはなくなりました。酒は本来、出来上がってきた時には全て二級酒であって、蔵元がたとえば「この酒を一級酒として売ります」と申請し、国税庁の審査にパスした後、それが初めて一級酒として認められてきました。

それではなぜ、級別制度が採用されるようになったのでしょうか。一般的には戦時体制下における酒税増徴が目的であったとされています。級別表示がされていれば二級より一級、一級より特級の方が良い酒だと思ってしまうのは仕方ありません。良い酒を求める消費者は必然的に等級の高い酒を求めます。そして等級の高い酒は酒税も高い………。結果的に高い酒税が収められるようになるという仕組みです。

例えばアルコール度数15~16度のもので比較すると、特級酒の酒税は1.8リットル当たり1,027円、一級酒であれば503円、二級酒であれば194円という計算になります。特級酒と二級酒では、実に833円もの差がつきました。さらに特級酒には税金のおまけのような従価税というものまで課せられ「税金を飲む」といってもいい過ぎでない状態が現実でした。

そんな級別制度に異を唱えた一部の酒造メーカーは、特級で出しても恥ずかしくない品質のものを、あえて二級として安く販売するという販売方法を用いたりしたようです。その結果、大手メーカーの特級酒より、地方メーカーの二級酒のほうがおいしいという現象も時としてあったようです。

お酒の好きな方へ

グラスを手首で回転させるように振ると、エタノールのアルコール性水酸基と水分子による水素結合がほぐれ、味がまろやかになると言われています。

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LastUpdate 2002/6/1
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