税金と竹本家

菊地 馨

【目次】

※この論文で参考にした税制、数値等のデータは論文発表時(1997年)のものであり、現在のものと異なる場合があります。

税金と「じゃりン子チエ」

春に弱いのはジュニアだけではない。菊も弱いのである。

「ほんまだす~ウソやおまへん~」

確定申告が終わったあと、1ヵ月ほど体調を崩し、うなされるのである。自営業者にとって春は憂欝な季節なのである。(6巻5話)

サラリーマンにはわかりにくいと思うが、自営業には税法上、大きくわけて個人と法人に分類でき、さらに申告方法で青色申告と白色申告にわけることができる。法人というのは「会社」のことである。

1978年は資本金35万円で株式会社を設立することができたが、菊やチエの店が会社組織ではないと断言できる。商売規模の大きさから考えても法人のメリットがほとんどない。むしろ不利である。法人府民税、法人市民税については、たとえ会社が赤字でも支払わなければならないからだ。これでは税金対策で会社を設立したことにはならない。

それに法人税の申告である。商店主が申告書を簡単に書けるような代物ではない。個人の所得税の申告なら税務署に申告書を提出すれば、住民税も申告したことになるのだが、法人の場合は、税務署、府税事務所、区役所市民税課(大阪市の場合)に、それぞれ申告書を提出しなければならない。とてもではないが商売をしているヒマはない。

税理士に頼むか、税理士の顧問料を払うのがイヤなら、何度も税務署や府税事務所に通って署員に教えてもらわないと、とてもではないが自分自身で申告するのは無理である。

『じゃりン子チエ』で会社組織になっていると考えられるのは「堅気屋」と「ヘルクラブ」であろう。「ヘルクラブ」は見栄で会社にしたと考えられるが、堅気屋は百合根が春先、ジュニアのノイローゼのことが気になって税金どころではないことや、バクチ屋時代は「バクチ会社」と呼ばれ、百合根が「社長」と呼ばれていることから判断できる。百合根は「簿記」が苦手なので税務は税理士にすべて任せていると思われる。(6巻12話)

あと会社だと考えられるのは、共同経営になっている「カルメラ亭」。利益を兄弟分が公平に分配するには会社から給料をもらう形にすれば、個人事業よりも簡単にできる。

チエちゃんの税金対策

さて、よその店はともかく、竹本家は税金とどのように付き合っているのだろうか。

チエも店を経営している以上、春になると確定申告をしているはずだ。ところがチエは帳簿をつけてはいるが確定申告をしていないのである。なぜなら、税法上「ホルモン焼屋チエちゃん」は菊の店の支店という扱いを受けるからだ。

ホルモンを菊の店から仕入れ、タレを菊が調製していることも考えれば、自ずとそれは、わかるだろう。「チエちゃん」名義の醤油屋の領収証も登場するが、金額2,800円(20巻6話)からして、これはタレの原材料用か、補充用の醤油のものと思われる。支店の屋号で買っても、それは菊の正当な必要経費である。

前項で、チエの店は節税対策から考えて「法人」ではないと指摘したが、それなら、なぜ個人事業者とした場合に節税が可能なのか…ということを説明したい。

まず、個人事業者の青色申告か白色申告かで節税額も変わってくる。いったい、どちらで申告しているのだろうか。

職場や大学などで税法の勉強をしている人なら、これを簡単に判断できる場所がある。 月末に菊とチエが帳簿整理をしているのだ。これだけを考えれば「青色申告」とわかる。よく商店街などに「青色申告の町」などと書かれた横断幕を見た方もいると思うが、なぜチエや菊の店が青色申告だと決め付けるのか…節税対策の面から検証してみたい。

個人の青色申告の条件は、総勘定元帳の記帳と申告書にバランスシート(貸借対照表)と損益計算書の添付が義務づけられている。それだけではない。青色申告者に限って「青色申告控除」や、家族従業員に対して支払われる給料(専従者給与)が必要経費として認めらる。ほかにも細かなメリットがあるのだが「チエちゃん」規模の店なら、この2点しかない。

菊が申告しているので、この家族従業員(専従者)におジィはんが該当するのは確実だが、支店を切り盛りしているチエも家族従業員になるはずである。しかし、憲法や法律などで15歳未満の労働を認めていないので、チエは税法上の専従者にはなれない。

推測の域は出ないが、テツを専従者にして、給与が支払われていると考えられる。これを脱税と思われるかもしれないが「ビジネスとして用心棒をしている」と解釈すれば、正当な給料になる。もし、税務調査が入れば、無言で税務署員を睨みつければよい。

これは某税務署員に聞いた話だが、暴力団が経営している会社にも一応は税務調査に行く。しかし帳簿や伝票を調べて不正や申告漏れを発見しても、周りを従業員のヤクザが取り囲み無言で睨みつけるので、とてもではないが、その分の税金を払ってくれとは言えない雰囲気になるという。

納税者としては納得いかないが、税務署員の“さじ加減”で正当な給与になるのだ。給与とはいっても、実際にテツに支払わなくてもよい。なぜなら、帳簿上だけ払ったことにすればいいのだから…。テツの手には渡らないものの、その分はちゃんとチエ一家の家計とチエのヘソクリ分に化けるのである。

納税者テツ

実はテツも間接的に税金を払っている可能性がある。(55巻6話)

それはズバリ「消費税」だ。わざわざ「税金を払っている可能性がある」としたのは、テツが消費税を払ったという証拠もないのである。テツが日常生活で有料で購入しているものは回転焼と天丼ぐらいである。回転焼屋や「だるま屋」は商売の規模から考えて合法的に消費税の申告納税をしなくてもよい年間売上が3千万円に達しない店だろうと思われる。(17巻6話、59巻5話)

たとえ、消費税導入後、メニューが値上がりしたとしても、それは仕入先の消費税上乗せ分が転嫁されただけで、その店自体が消費税を納税しているわけではない。

テツが確実に税金を払っているとしたら、ヨシ江と結婚した当時まで遡らなければならない。菊は「テツちゅう、わたいの息子が結婚した時に、この店やりましたんや」との発言から、テツが贈与税を払った可能性がある。(9巻10話)

テツとヨシ江が結婚したと推定される1966年当時、1人あたり40万円以上の財産を譲った場合には贈与税がかけられた。竹本家は地代も払っていないことから土地と建物は竹本家の資産と推定されるので当時の西成区の不動産相場や築年数から考えても、テツに、多少の贈与税がかかった可能性は高い。税金対策を考えればテツだけではなくヨシ江にも結納金代わりとして土地建物を贈与させる方法が考えられる。つまり2人に均等に贈与させれば負担する税金は軽くなる。

もうひとつの方法は土地建物一括ではなく、1年目に土地を、2年目に建物をテツ夫婦に贈与させれば、もしかすると贈与税はかからなかったかも知れない。

テツ夫婦が土地建物をもらったあとに不動産取得税、固定資産税の納税義務も生じるが資産価値からして中古マンションよりも、その税額は低いと考えられるし、テツ名義の税金であってもヨシ江が立て替えているだろうからテツが直接払ったことにはならない。

テツが税金を払ったという前提で、いろいろ画策してみたが、結論としてテツが支払った税金は日常の消費税をはじめ、節税対策上払った税金はないと考えられる。チエが指摘したとおりテツは生まれてこのかた税金を払ったことはないのだ。(55巻6話)

それどころか、市民の税金で購入された図書館の本を売ったり、交番の備品のテープレコーダーを勝手に質入したり、一般市民よりも税金の恩恵を享受している…いや、形の変わった税金の還付を受けているのである。(31巻1話、17巻6話)

チエは扶養家族?

「チエちゃん」を実質経営しているチエの給料が認められないのは、いくら法律とはいえ納得いかないだろう。ちゃんと労働をしているのだから、なんらかの措置も必要だと考えたくなるのが、人情というものである。

ここでクローズアップされるのがヨシ江の存在である。

ヨシ江は竹本家唯一のサラリーマンである。つまり毎月の給料から源泉所得税、住民税を天引きされている労働者である。ここからの説明ならサラリーマンでもわかるだろう。 そう、チエをヨシ江の扶養家族にするのである。年間の所得税が最低3万5千円もおとくになる。

テツをヨシ江の扶養家族…つまり控除対象配偶者にする手もあるのだが、特別控除を含めて所得税7万円を節税できる。しかし、菊の従業員にすることによって、テツ自身に税金がかからない範囲の給料を払ったことにすれば、菊の所得税を最低9万9千円程度、節税できるのだ。

それでは菊の節税ばかりになって、チエ一家の節税にならないではないか…という考え方もある。支払うべき税金ばかりを考えると、そうなってしまうが、テツの給料…この場合、年間99万円は実質チエの儲けなので、チエと菊の二重帳簿操作で、これはチエ一家に還流されている。菊夫婦と比べて節税額は少ないが、チエ一家の手元に残る所得はヨシ江の給料とテツの架空給料となる。その所得に関わる所得税はヨシ江の分だけなので、菊と比べて損をしているわけではない。

逆に、チエを菊の従業員テツの扶養家族にする方法もあるが、これによってテツの給料を増やすことはできるが、扶養家族がいない分、ヨシ江の税金も増えることになるので結果は一緒である。それに自営業の場合、景気にモロに左右されるので、菊の店が赤字経営に転落した場合、控除を使わなくても税額は出ないので節税策自体、無意味である。また、テツの架空給与に影響が出るのも必至である。それならチエを、安定した収入を持っているヨシ江の扶養家族にするのが得策なのだ。

こうなると、竹本家全体で約27万円程度の所得税が節約できるのである。

ところで、税金計算の根拠となる、売り上げはどうだろうか。菊の店の売り上げ額は一切不明だが「チエちゃん」については、1日の売り上げが判明している。

「千二百円……、六百六十円……、九百二十円…、二千八百円……、六百二十円…」

これは春の不調時の売り上げである。(17巻7話)

こういう日もあるかと思えば、金額がわかっている範囲で1グループあたりの飲食だけで3万円の日もある。このときは常連2人組と、その友人の3人のグループ。ちなみに2位は5人と猫1匹のグループで2万8千円である。(17巻9話、1巻7話)

金額は不明だが、大阪場所の相撲取りが毎日来ていた頃や、雑誌に載って連日、満員御礼の時期や闘猫バクチの参加する小鉄を見に来た客が詰め掛けた日、作詞家とその付き人が散財した日などは、1日の売り上げは軽く3万円を超えただろう。特に作詞家一行の場合は、作詞家とは無関係の店の客にまでご馳走し、チエに最高5万円のチップまで渡している。(29巻2話、33巻5話、58巻6話、61巻3話)

この業界が、いかに浮き沈みの激しいかわかるだろう。

竹本家の家計調査

さて、今までのことを踏まえて考えてほしいのだが「チエちゃん」は、そもそも儲かっているのか。それとも、ジュニアが言うように「自転車操業」なのか…。(39巻7話)

ヨシ江が家出中の頃、チエ自身「生活保護も受けんと頑張ってきたのに」と発言している。生活保護の基準から考えればチエの店の経営状態も、すこしはわかるかも知れない。生活保護は憲法25条「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障するもので、チエの家に関係しそうな生活保護の種類は生活扶助、教育扶助、生業扶助の3種。

毎月の支給基準額は大阪の場合で約15万円程度。(1巻2話、基準は現行)

逆に考えれば15万円前後の売り上げだと考えられる。定休日は日曜日と平日の完全週休2日なので1ヵ月4週間として営業日は20日。したがって1日平均約7,500円の売り上げがあることになる。ここから仕入、水道光熱費などが差し引かれるから、手元に残る生活費は微々たるものである。しかも、その半分はチエのヘソクリとなる。(2巻1話)

ただし、生活保護は個人ではなく世帯で支給されるので、チエが個人で生活保護を申請するには両親の「著しく不行跡」を証明するため家庭裁判所へ請求しなければならない。未成年者に法的能力はないので、この場合、菊が申請することになる。両親の不行跡とは母の家出、父の素行である。父の素行はともかくチエと菊は母の家出に理解を示しているので、気分的に生活保護は受けないだろう。

ヨシ江が帰還後、ヨシ江の給料が家計に組み入れられるので生活水準はかなり改善されている。遠足の弁当でもチエが作った「玉子焼とこおこだけ」(卵焼きとタクアン)のおかずから、ヨシ江が作った「いろんな色」のおかずへと食生活が改善されていることからも、それはわかる。(6巻10話)

気になるヨシ江の月給の額であるが、ヨシ江が洋裁学校の先生をするという話が決まったとき、チエに「あんたは、もう、店やめたほうがええよ。お母はん働くんやから」と言っていることから、店の儲けがなくても3人家族をなんとか養える程度の給料を、すでに洋裁学校から保障されていたことがわかる。(2巻5話)

ヨシ江が現在の職に就いたのが1979年だとすると、この年の1世帯辺りの消費支出月額の平均は22万2千円程度。だが、チエの家の場合、蛍光灯、テレビ、エアコンなどの電気製品がないことから電気代支出は平均に達していないし、電話がないことから電話料金もない。それに、菊が今のチエの家をテツ夫婦に譲っているので家賃やローンもない。

こう考えると、ヨシ江も多額のへそくりをしている可能性がある。もちろん自分のためではなく、家族のために…



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